100年の歴史を持つ自動車産業で電気自動車(EV)シフトと並ぶ、もう一つの革命が進む。ソフトウエアを主役とする車造りだ。常に最新の状態に機能が保たれ、どんどん賢くなる――。こんな車が現実のものとなった。価値あるソフトを生み出すことが求められる時代。自動車産業の新たな競争に迫る連載「クルマ電脳戦」第1回では、このゲームチェンジを仕掛けた風雲児・米テスラを取り上げる。

 「ご心配なく! ヒーターはオンで18℃です」。愛犬を中に残し、飼い主がしばらく車を離れる場面。運転席のディスプレーには、心配して車内をのぞき込む人へのメッセージが映し出される。車内温度は自動調節され、犬が寒さで震える心配はない。

 電気自動車(EV)大手の米テスラが実際に提供している「ドッグモード」という機能だ。SNS(交流サイト)を通じてユーザーから要望を受けたCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏がそれに応え、2019年2月に提供が始まった。

テスラ車で利用可能な「ドッグモード」の表示画面。2018年10月にツイッター上でユーザーから要望され、わずか4カ月足らずで開発、実装された
テスラ車で利用可能な「ドッグモード」の表示画面。2018年10月にツイッター上でユーザーから要望され、わずか4カ月足らずで開発、実装された

 普通の自動車メーカーなら新機能は次の新型車から導入となるところだが、テスラは違う。販売済みの車でも車載ソフトを更新することで、新しい機能を追加したり、性能を向上させたりできる。スマートフォンと同じ発想だ。ドッグモードを要望したユーザーもソフトの更新だけで念願の機能を手に入れたはずだ。

 EVのトップメーカーとして快走するテスラ。車載電池の巨大工場や自動運転技術などがしばしば話題になるが、自動車産業の新たな競争軸としてソフトを据えたことこそ、同社がもたらした大きなパラダイムシフトだ。

機能を更新する楽しみ

 これまで自動車は時がたつにつれ劣化していくと考えられてきた。だが、テスラはソフトを更新できるようにすることで、たとえ数年前に購入した車であっても機能を進化させることを可能にした。「オーバー・ジ・エア(OTA)」と呼ぶ技術を用い、無線通信でつながるネット経由で車に新しいソフトを取り込む。

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 英系コンサルティング会社SBDジャパンの大塚真大スペシャリストは「(あらゆるモノがネットにつながる)IoT化が遅れていた自動車を変えたのがテスラだ。ソフトについての優れた考え方を持ち込んだ」と評価する。

 日本国内のテスラ車は現在、1カ月半に1回ほどのペースでソフトを更新している。新機能の追加だけでなく、システム変更やバグの修正、航続距離などの性能向上、エンターテインメントコンテンツの拡充などソフト更新の恩恵は幅広い。

 更新が可能になるたびユーザーのスマホに通知が届く。小型EV「モデル3」に乗る東京都の60代の男性は「何か新しい通知が来ていないかと日々待っている。これまでの車とは全く違う楽しみ方だ」と話す。

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