柏さんは大学卒業後、雑誌記者や編集者を経て、1981年、35歳のときに東京・神楽坂に事務所を構え、編集プロダクションを経営。以来、300冊以上の出版に携わり、10万部以上のヒット作も数多く手がけてきた。バブル期からの20年ほどは年収1000万円以上の時期が続き、不動産投資にも手を広げるなど羽振りのいい人生を満喫していたという。
だが2000年代に入り、出版不況が本格化すると風向きが変わる。事業収入が落ち込む中、生来のギャンブル好きがたたり、気が付けば、約2500万円もの税金を滞納するまでに。結局、個人事務所は数年前に清算に追い込まれた。そのとき、柏さんは70歳を過ぎていた。
健康であり、人生100年時代でもあるため、“残りの時間”はまだまだある。問題は経済面。事務所の清算で大きな借金を抱えたわけでなかったが、日々の生活の糧を稼がねばならない。こうして飛び込んだのが交通誘導員の世界だった。

迂回のお願いにネチネチと文句を言うドライバーに、炎天や極寒の空の下で立ち続ける厳しさと、つらいことはある。だが、柏さんは「境遇だけ見ると“下流老人”かもしれないが、老後を不幸だと思ったことなんてない。むしろ、ありがたい仕事」と話す。
なぜそう思えるのか。柏さんの話を聞けば、交通誘導員という職業はよく見ると、「シニアが楽しくやり遂げられる仕事」の条件を案外兼ね備えていることが分かってきた。
シニアが仕事で幸せになれない5つの理由
今回の取材をまとめれば、生涯現役で、はつらつとした老後を希望するシニアが、仕事を通じてかえって不幸になったり、ストレスを抱えたりする要因はおおよそ次のようなものだ。
- 事故に巻き込まれる(起こしてしまう)
- 若い人からの指図に抵抗感を覚える
- 自分が足を引っ張っているという自責の念に駆られる
- 仕事を覚えられない
- 単純で刺激の少ない業務が退屈になる
交通誘導員にはこうした要素が少ない。まず①については、高所から転落したり、機械の誤操作で負傷したりすることがない。片側通行車線で案内ミスにより車が衝突する可能性はゼロではないが、死傷事故が起きる確率は、少なくとも建設業や製造業などの「20分に1度」に比べずっと低い。
②については、オフィスでの共同作業とは異なり、四六時中、上司の指示を受け続ける仕事ではない。柏さんによれば、「現場に配置された後も、横柄に細かく指示してくる現場リーダー」も中にはいるが、ほぼ毎日、現場とメンバーが変わるとあって、人間関係のもつれを引きずることは少ないという。
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