才能と環境に恵まれた人を除けば、そう簡単には実現できそうにない「生涯現役」。もちろん人の価値観はそれぞれで、ある程度の蓄えがある人の中には、「老後は、仕事はほどほどにして、好きな趣味でもやってのんびり暮らそう」と思う人も少なくない。
内閣府が35~64歳の男女6000人を対象に実施した意識調査では、“生涯現役派”を含め全体の61%の人が、「高齢期の生活で大切にしたいこと」として「趣味や勉強」と回答。同じ調査の「高齢期に備えて大切だと思う取り組み」を尋ねる問いに対しても、「長く続けられる趣味・娯楽を始める」が53%で、「高齢期に働くための備え」(24%)を上回った。実際、各地で開催される定年後の趣味を探す人のための市民講座は多くが盛況だ。

しかし結論から言えば、それまで趣味優先の人生を送ってきた人ならともかく、そうでない人が引退後に「生涯打ち込める趣味」に巡り合うのは、思いのほか難しい。
神奈川県に住む64歳の田中英子さん(仮名)は、2歳年上の夫が19年春、40年以上勤務した会社を晴れて退職したのを受け、老後のための趣味を探すことを決めた。子どもたちも成人して1人暮らしを始め、これまでの蓄えもあってあくせく働く必要はない。だからこそ、今後の生活を充実させるには何か楽しみを持つことが必要と考えた。
最終的に選んだのは、近所のシャンソン教室に通うこと。「歌うのは健康にもいいらしいし、シニアバンドがはやっているとも聞く。音楽の経験はないけれど、以前から興味があった。通っている方もシニアの方ばかりですぐに溶け込めると思った」と田中さんは振り返る。
だが、いざ門をたたいてみると、そこは想像した場所とは違った。
「これって、今の子どもたちの悩みと一緒?」
「もっと気持ちを込めて」「もっと情景を思い浮かべて」──。教室が始まると、先生や古参の上級者からの叱咤(しった)激励が飛び交う。しかしシャンソンは未経験だし、渡された課題曲の楽譜すらあまり読めない。
週1回の約90分のレッスンの後、「反省会」と称して、教室近くの喫茶店に集まるのが決まり。2週間後に発表会が迫っていたある日、スクールの“ボスキャラ”格の生徒から「田中さんはもう口パクでいいんじゃない?」と、冗談交じりに言われてしまった。
シニア向けのカルチャースクールはたくさんあるが、習い事である以上、習熟度が高い人もそうでない人もいる。両者が一緒に学ぶと、おのずと教室の中は、スキルをさらに高めたい経験者グループと、定年になってから趣味を探しに来た初心者グループに分かれ、場合によっては、前者は後者を悪気なしに“お荷物扱い”するようにもなる。「これって、今の子どもたちが悩んでいるスクールカーストそのものだと思って、結局、続きませんでした」。田中さんはこう肩を落とす。
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