ハードルの1つに、現役時代に比べるととっさの判断力や記憶力が衰えていることを、シニア本人が自覚するのは難しいという点がある。「定年後に自分の変化を受け入れ、強みになる能力を見極めて生かせる人は、体感的には全体の3~4割程度」。そう語るのは、シニア活用を望む企業へのコンサルティングなどを手がける自分楽(東京・文京)の崎山みゆき代表だ。
つまり、半分以上の人は冒頭の介護スタッフと同じく、いわば「半人前状態」の自分を客観的に見ることができないということだ。そんな中で自分のそれまでのキャリアを自慢するような言動をしていては、若いスタッフに敬遠されても仕方ない。

生涯現役を目指すシニアに立ちはだかるもう1つのハードルは、プライドの問題。とりわけ、シニア労働力として企業に雇用される場合、多くの人は自分より若い上司に指図される立場になる。現役時代と違って、単純で刺激の少ない補佐的業務に携わることが増えるケースも多い。
「そんなことは言われなくても十分、分かっている。自分は覚悟を持って第2の人生に臨む」。そう思う人もいるかもしれない。だが、組織開発を手がけるキャリアネットワーク(東京・港)の清家三佳子常務は「定年後再雇用で環境が大きく変わることが頭では分かっていても、いざその時が来ると現実を受け入れられない人は少なくない」と話す。同社には「年下の部下に指示されることへの違和感がぬぐえない」といった、シニア社員の本音が寄せられる。
自分の価値を理解しない周囲に、納得がいかず
大手投資銀行で長年、融資業務を担当し、支店長になったB氏もその1人。定年退職後、それまでの経験を生かそうと金融系の職を探したものの、思い描いた求人は見つからず、税理士事務所に働き口を得た。
しかし、仕事の内容は補佐的業務が中心。事務所に相談に来る中小企業には自分が金融畑で培った経験を頼ってほしいが、その機会は少ない。最初は週5日だった勤務も、今では週3日に減らされた。いじめられることこそないが、自分の能力やキャリアの価値を理解していない周囲の態度を見ると、イライラしたり憂鬱な気持ちになったりする。
「シニア世代の中でも、定年まで転職経験がなく、自分が優秀だという自負を持つ人は、新しい環境に自分の方が合わせるという発想に至らないケースも多い」。シニアの就労事情に詳しいカウンセラーの山崎正徳氏はこう話す。
もちろん、シニア社員の中には謙虚な人も大勢いるし、そんな高齢社員を気遣い戦力として温かく迎え入れてくれる企業も数多くある。だが、その場合であっても今度は、気を使ってもらっているからこそ「自分が組織のボトルネックになっているのではないか」と気に病むシニアが出てきてしまう。高齢で長時間働けないことや、若い世代とうまく交流できないことを申し訳なく思う人も少なくない。
その結果、周囲に迷惑をかけまいと自ら引退を決断するシニアもいる。昭和から平成のテレビ界を支えた大物司会者がこのほど、看板番組から“勇退”すると決めたが、「自分が今の人たちの会話のテンポに合わなくなってきたなと思った」ことがその決断のきっかけの1つになったという。
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