「事件」は訪問介護の現場で起きた。
2019年8月、自宅で介護サービスを受けていた後期高齢者の男性が、60代の男性スタッフのA氏に故意に押し倒されるトラブルが発生した。利用者の男性にケガはなかったものの、一歩間違えば惨事になりかねない出来事。A氏が働く訪問介護サービス事業者の社長は、ただちに事実関係の調査に乗り出した。

介護の現場での虐待は社会問題となっている。厚生労働省によると、養介護施設従事者などによる虐待件数は年々増加し、2017年度は510件と前年度から約13%増加。主な原因は、典型的な人手不足の職場で働かされ、たまっていくスタッフ側のストレスであるといわれている。
ただ、A氏と面談したカウンセラーは、そうしたストレスによる虐待は、人手不足の解消を急ぐあまり“介護の現場にすぐには適応できない職員”を無理やり雇用している側にこそ責任がある、と考える。
当事者の口から出た意外な理由
問題を起こしたA氏は一般企業を退職した後、「第2の人生では人様の役に立ちたい」と介護の世界に飛び込んできた意欲的な人材だ。そんな彼がなぜ、虐待に近い行動に出たのか。カウンセラーが事情を聞くと、思わぬ答えが返ってきた。「仕事のつらさやサービス利用者との確執などではなく、若いスタッフにいじめられて、気分がめいっていた」
本人や周囲の話をまとめると、A氏の孤立は入社して間もなく始まっていた。きっかけは介護現場の仕事の手順などを巡り、A氏が「一般企業ではこんな非効率なことはあり得ない」などと意見し始めたこと。
その一方で、肝心の仕事は若い頃のようには覚えられない。「あの人、口は達者だけど、正直、足手まといじゃない?」。そんな声がささやかれるようになり、次第に冷たい視線を向けたり、無視をしたりする若手が増えていった。現役時代の部下と同じような年齢の同僚に冷遇されたA氏はこれを「陰湿ないじめ」と受け取り、怒りと不満を蓄積していった。
A氏と周囲のどちらに非があるかは、この情報だけでは判然としない。が、1つ言えることがある。このケースが、「生涯現役」を目指すシニアが職場で孤立する典型的なパターンになる、ということだ。
これから「人生100年時代」を迎える日本で、現役世代の4割が望んでいる生涯現役。建設現場や製造現場の仕事は、体力や注意力の衰えが足かせとなり、労災のリスクが高いことは既に触れた。では、オフィスで働くホワイトカラーや、人を相手にするサービス業の現場なら問題ないかといえば、話はそう単純ではない。
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