「もう会社を休業した方がいいんじゃないか」

 2009年創業のスタートアップ、天創堂(大阪市)の粕井健次社長は20年3月ごろ、こんな自問自答を繰り返していた。外国人観光客向けに地方の土産物をドラッグストアや「ドン・キホーテ」などに卸す事業が壊滅的な打撃を受けていたのだ。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で外国人観光客が激減し、3月の売上高は通常の月の95%減まで落ち込んだ。

 手を打とうにも、外国人観光客が戻る気配はない。10人強の社員のうち2人が3月に退職し、残った社員の表情も暗く沈みがちになっていった。

天創堂(大阪市)の粕井健次社長
天創堂(大阪市)の粕井健次社長

 会社の維持を優先するのであれば、いったん休業して雇用調整助成金を受け取るという手もある。「休業を支持する社員が多ければ休業しよう」。こう考えた粕井氏は、社員の意思を確かめるために3月24日、約10人の社員を集めて会議を開いた。

 「この会社をなくす気ですか」

 重苦しい雰囲気の中で口を開いたのは、顧問を務める、投資会社Jスタイルの小村富士夫代表取締役だった。小村氏は「粕井氏が社員の給料を減らさずに頑張ってきたのが災いして、社員一人ひとりが危機を自分の事として受け止めていないように見えた」と当時を振り返る。

 小村氏の呼びかけに応じるように、社員からも意見が出始めた。会社の危機を救う道はないか――。ある社員が声を上げた。「そういえば、取引先からマスク関連商品の提案が来ていた」

 和雑貨を扱う企業が、マスクの内側に付けて使う「インナーマスク」を売り込んでいたのだ。抗菌や消臭の効果がある布を使った製品で、10回ほど洗って繰り返し使える。提案をもらった時点では5枚980円という値段を見て売れないと判断していたが、マスク不足が深刻になった後では商品価値が大きく変わる。

 「今だからこそ売れるものを売って、少しでも売り上げを増やしていこう」。休業も視野に入れて臨んだ会議で、会社の方向転換が決まった。インナーマスクのほか、消毒用ハンドジェルなどの衛生用品の販売で急場をしのぐことを決めた。

 6年前に取引を始めたドン・キホーテでは、訪日外国人向けの土産物売り場をつくり上げた実績が評価され、衛生用品の販売を認めてもらった。

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