ロイヤルホストで起きた「パンケーキ品切れです」

編集Y:ほら、「ダンバー数」ってあるじゃないですか。

F:知らない。何、それ。

鷲尾:「1人の人間が安定した関係を維持できる上限は150人ぐらい」という、英国の学者が提唱している考え方ですね。ブランドを統括するマネジャーが、うまく監督できる人数が150人だとしたら、1店舗に5人配置すると30店舗になります。塚田農場をヒットさせた(元エー・ピーカンパニー副社長の)大久保(伸隆)さんは「塚田農場は30店舗ほどのときが、ブランドの文化が最も浸透していたと思う」と言っていましたね。

F:150人、相当なもんよ。だって、顔と名前、覚えられる?

編集Y:覚えられない。私は特に弱いから無理。

F:そのくらいの規模感なら、チェーンでも個店らしさが保てるのかな。

編集Y:外食を産業として考えた場合、それでは物足りない気がする。規模があるから価格競争、というわけでもないよね。例えば、ロイヤルホストのパンケーキ騒動を見ていると「ファミレスだってブランディングは可能だ」ということを思い知らされた気がしますよ。カリスマ料理人がテレビ番組でロイヤルホストのパンケーキをディスったら、あんなに多くの人が怒ったじゃないですか。

鷲尾:あれでロイヤルホストの強さを再確認できましたね。

編集Y:そうそう。ここは愛されているなというのが分かった。

F:逆宣伝じゃないの、と思ったくらいだよね(笑)。あれでロイホのパンケーキの売り切れ店が続出したんだから。僕もくらいましたよ。入り口に「パンケーキ品切れです」って張り紙が貼ってあって(苦笑)。

編集Y:色々なやり方があると思うんですよ、そのブランドをつくっていくのって。前回の話とつなげると、そのブランド創造のかなり大きな要素に従業員の育て方がきっとあるんだろうと。

鷲尾:そうだと思います。外食産業は超高級店からコスパ重視の店まであって、手掛ける側も個人から中規模チェーン、大規模チェーンと様々。「同じ外食産業なのかな?」と思うほど店のあり方が変わります。その中で、個店が持つホスト力と、チェーンが持つ効率性のベストミックスを探すのが、外食産業生き残りの一つのポイントになると思っています。例えば、赤い看板で有名な「やきとり大吉」。

編集Y:あっ、本にあったね。あれも面白かった。

鷲尾:やきとり大吉は、ほかのチェーンが出店しない二等地、三等地を探して、近隣住民のなじみの店に仕立て上げます。調理は研修でみっちり仕込むんですけど、接客は店長の個性です。1人の店長が持てる店は基本1店舗のみ、最大でも2店舗までと決めています。1人が監督する店舗が増えると、店と客のつながりが弱まると考えているのでしょう。看板のブランド力と、店長が持つホスト力。そのバランスを大切にしています。

F:こうして聞いていると、鷲尾さんの本に登場する「飲食2.0」な人たちは、お店や会社をもう大きくしようと思っていない人が多いのかな。スケールを追求しない。

鷲尾:人によって大きくするスピードは違うと思いますけど、兵庫県の淡路島に店を出したバルニバービの佐藤(裕久)会長は、まだ大きくしたいと考えているような印象を受けましたね。

F:あの人がやっている話もすごく面白いよね。会ってみたい。

鷲尾:淡路島の西海岸を4ヘクタールも開拓して、イタリアン、ラーメン、回転ずし、夜の酒場、ホテル、コテージなどを出店しています。もう街になっているんですよね。バルニバービが面白いのは、店だけではなくて、店が建つ不動産まで手掛けようとしている点です。過去に、繁盛店をつくったのに不動産オーナーが代わったなどの影響で退店せざるを得なくなった経験があるからだそうです。あと、独力でやろうとしないところも特徴かもしれません。淡路島の開発では、NECキャピタルソリューションと合弁会社をつくっています。

F:NECって、あの日本電気のNEC?

編集Y:なんですかそりゃ。

鷲尾:はい、あのNECグループの金融会社ですね。バルニバービは島根の開発も進めているんですが、そこでは島根銀行に出資しているSBIホールディングスと組んでいる。異業種を巻き込む力が強いですね。不動産までやろうとすると資本が必要になるけれども、確かに全て自前でやる必要はないですから。

F:すごいな。完全に起業家だね。

鷲尾:もう創業してだいぶ長いんですけど、発想はめちゃくちゃ新しいんじゃないかなと思います。あと、先ほど名前を挙げた、塚田農場をヒットさせた実績を持つ大久保さん。エー・ピーカンパニーから独立して、東京・新橋に居酒屋を開業。その後、千葉県のユーカリが丘でファミリーレストランを開きました。

F:ユーカリが丘ね。

編集Y:不動産会社の山万ね。

鷲尾:街に根付く外食店をつくりたいと思っていた大久保さんは、『しなやかな日本列島のつくりかた』という本で(ユーカリが丘の開発を手掛けている)山万を知ったそうです。それで山万の幹部に会いに行って、レストラン開業が決まったのだとか。

 外食店が抱えている悩みの一つに、定期借家契約があるんですよね。不動産のオーナーの中には「テナントを定期的に入れ替えて鮮度を保ちたい」という意識を持つ人もいる。外食店が少し賃料が安くなるからといって定借を結ぶと、5~6年程度で契約が切れて、退去する必要が出てくる。その場合、外食店は短期で投資を回収するために、ちまたの流行を意識せざるを得なくなります。だから似たお店ばっかり増えてしまうんですよね。

編集Y:やっぱり個性がないと。フェルさんがおっしゃった個性も維持しながら、大きくなっていくとすると、どこかで上限値みたいなものがありそうです。

F:絶対ありますよね。それが本でも書かれていた3店なのか、30店なのかというね。

編集Y:それを超えていくんだったら、何か別のものをつくろうかという話になるのか。もしくは、別の資本なり考え方なりを入れて、新しく何かやるのか。単一ブランドで拡大するということを、そもそも思考しないみたいなところが、あるのかもしれない。

鷲尾:そのとき、やり方を色々考えられるのが外食産業の良さ、面白さなんでしょうね。クリエイト・レストランツみたいにM&A(合併・買収)を通じて資本的につながるのか。やきとり大吉のように緩やかなフランチャイズチェーンとして店主の人柄を第一にするのか。バルニバービのように他社も巻き込んで、飲食の街をつくるのか。

 そこで大事になるのが、レストランの基本を固めることじゃないかなと思っています。はやり廃りが激しい世界ですから、ラーメン屋がうまく行かなくなって焼鳥屋に転換しようということもあるかもしれません。そういうときに、1から作り直さなくても業態を変えられるような「プラットフォーム」があっていい。店舗数を増やしにくい分、店舗を生み出す効率を高めると。車でいうとシャシーを共通化するみたいな発想でしょうね。

編集Y:同じシャシーでSUVを造りました、みたいな。

鷲尾:そうです。店づくりの発射台を高くするというのは、扱うメニューやブランドが違ってもできると思うんですよね。

F:なるほど。おもろい。

編集Y:課題はある?

鷲尾:逆にシャシーではなくボディーというか、見た目がほとんど一緒になってしまうと、ブランドをたくさんつくっても、個性がなくなってしまいますよね。バランスを取るのがめちゃ難しい時代で、経営者のセンスが問われると思います。

F:そうそう。こいつはおもろいです。すごいおもろい。

鷲尾:このバランスの取り方次第で、「新しい業態を開発しました」と言える。それが外食産業の魅力です。業界に慣れた人からしたら、あまり大きな変化ではなくても、消費者が居心地の良さを感じれば、一気に広まっていく。例えばコメダ珈琲店のような。頭がいい人が何人も集まって何年もかけて、新しい技術を開発しなくても、経営者たちの工夫で勝てる。逆に言えば、おいしい料理や先端のテクノロジーを導入しても、ピントがずれていると廃れてしまう怖さもあるということでしょうね。

次回に続く

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