若手職人が握る「高級立ち食いずし」
鷲尾:そう思います。仮にお弟子さんが出すにしても、弟子なりのクオリティーと価格設定、スタイルにしないとだめでしょうね。最近、高級なすし店が立ち食い店を出していますよね。
編集Y:ああ、ある、ある。
F:あれね。まさにね。
鷲尾:素材は本家と同じものだけど、握るのは修行中の若手職人。さらに立ち食いで客の回転率を高めて、本家よりだいぶお安い値段で提供するというスタイルですね。実践的な修業の場を与えつつ、ビジネスとして収益を出しうる面白いやり方だと思います。
編集Y:しかも、素材はまあ間違いないわけだから。
F:だって、仕入れは同じですからね。ブラインドで食べさせたら、食べる側は誰も分からなかったりして(笑)。
鷲尾:正直、どれぐらい味を見極められるお客さんがいるのか。少なくとも私は自信がありません。一方で、来店客は、味だけではなくて、カウンターなどお店の雰囲気、握る人の人柄も、全て合わせた体験に対して、お金を払っています。
F:そうそう。飲食はトータルでお金を取っているわけで。
鷲尾:ホスト力というか。
F:そうそう。まさにホスト力。その通り。エンターテインメントとして。
鷲尾:やっぱり店主のパワーってすごいなって、コロナ禍でみんな気付いたと思います。ただ、ホスト力が存分に発揮できる個店はこれでいいとしても、そうじゃない複数店舗を持つような企業はどうすればいいのか。
F:やっぱり飲食って、成長したいなら、とどのつまりはスケールを狙うかどうかじゃないですか。N倍できていくか。それを狙っているのかなという。
編集Y:システム、合理化、マニュアル、そして最終的には資金力というところで生き残る会社はもちろんあると思うんです。ファストフード、ファミリーレストランなど、既存の業態で一強、最精鋭が需要の大半を吸収するみたいな感じで。仮に競合相手にパクられてもどんどん突き放すぐらいの先鋭化をしていくという。それこそ半導体の装置の設備投資をやめない、みたいな。そういうところは勝てるんじゃないですか。
鷲尾:それはあると思います。
F:でもその文脈だと、新しい業態が出てこないじゃない。
鷲尾:ええ。新しいブランド、業態を開発し続けて、毎回当て続けるのは大変ですよね。アロハテーブルなどを手掛けるゼットンの鈴木(伸典)社長は「とがった店をやろうとしてきたし、それで当ててきた。だからこそ、業態をつくるということに大きなプレッシャーがあった」という趣旨のことを言っていましたね。さらに「もっと経営の観点で語れる人が増えないと、この業界はよくならない」と。
外食に「流入制限」はできないのか
F:結局、今の一番の問題って、やっぱり店の数が多すぎるというのはありますよね。
編集Y:それはありますよね。あるから我々がこう買い手市場で、おいしいものを安く食えている。
鷲尾:日本は外食店を始めるのが非常に簡単な国といわれています。調理師免許は不要で、食品衛生や防火管理に関する講習を受けて、必要な書類を行政に提出すれば開業できてしまいます。開業資金も、日本政策金融公庫といった開業資金にちょうどよい制度を持っている金融機関があるので調達しやすい。
F:お客さん的には最高ですよね。店のほうが勝手に争ってくれるわけですから。そしてライバル店との戦い方の大きな札の一つが値下げですからね。
編集Y:その結果がやりがい搾取ということになっているんでは本当に先がないし、関わる人がみんな不幸になっちゃいますよね。
F:流入制限ってできないですもんね。制限できるのは風俗営業くらいで(笑)。
編集Y:あんたはまた……。
鷲尾:海外には規制がある国もあるんです。イタリアやフランスのように歴史的な建造物が多い欧州だと、都市部を中心に外食店の出店数の規制があります。東南アジアも、国や地域によっては外食店への外資の出資規制がありますね。それから、米国は当局の審査のハードルが高く、キッチン周りの設備の充実が求められるそうです。ハワイに出店している企業の幹部によると、ハワイでは店舗に占める厨房の割合が日本よりも大きくなるのだとか。
F:日本もそういう外的な規制も考えたほうがいいんですかね。でも、もしやれてもすごく時間がかかるでしょうね。
鷲尾:参入障壁が低いからこそ、いろんな工夫をした店が出てくるという良さもあるので、悩ましいところですよね。今から法律やガイドラインを作るとなると「既得権益を保護しすぎだ」という反発も出てくるでしょうし。
編集Y:価格競争に陥らないためには、鮨Sとうほどとはいかずとも、店主という個人の力だけに頼らず、ある程度顧客ときちんと結び付いた関係をつくれたらいいんだろうなというのがありますよね。ただ、店の数を増やしすぎると、それが難しくなるよということで、ダイヤモンドダイニングだっけ、小さなチェーンをたくさんつくる。
鷲尾:100店舗100業態というのが話題になりましたよね。今ウェブサイトを見たら、120ブランドあります。
F:そう。松村(厚久)さんのとこね。業界では「DD」と呼ばれている。
編集Y:すごいね。それぞれのお店のキャラが立って、お客さんの信頼感も得られるぎりぎりのところまで広げて、そこまできたら、それはもう増やさないで次にいこう、ってこと?
鷲尾:そこを目指しているんだと思います。マルチブランドで展開して、1つのブランドにおける店舗数のちょうどいいあんばいを探している。個店のような店とのつながりと、チェーンのような効率性の融合と言えるでしょうね。本で取り上げたクリエイト・レストランツ・ホールディングスという上場企業は、事業承継に困っている外食企業とか、大手企業の中で数店舗を展開している事業を買収することでブランド数を増やしています。あまり経営に介入しすぎず、各ブランドの独立性を保つことで、客とブランドのつながりを密にしようという狙いですね。
F:なるほど。
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