新型コロナウイルスの感染拡大から3年目の夏。人々が「ウィズコロナ」を選択し、外食店に客足は戻りつつある。その一方で、売却を模索する店舗の数が急増している。政府が用意した時短営業への「協力金」で何とか延命してきた外食店が閉店予備軍となっているからだ。平成から続く外食の構造問題は何ら解決されておらず、真の危機が迫っている。今こそ、外食産業が抱える問題に向き合わなくてはならない。 外食産業の窮状と、奮闘する挑戦者たちの姿を追う本連載。初回は、外食産業で起こりつつある「売却ラッシュ」の実情を探る。
■連載予定 ※内容は予告なく変更する場合があります
(1)切れた「モルヒネ」 外食に真の危機が訪れる(今回)
(2)変われなかった外食 なぜ構造問題から目を背けたのか
(3)ロイヤルHD菊地会長「多店舗化の呪縛から抜け出せ」
(4)「人の流れは自らつくる」 “非常識”立地で攻めるバルニバービ
(5)「連邦経営」掲げるクリエイト、個人店とチェーンの間に活路
(6)食品販売が売上高の6割に イートアンドHD導いた「逆算」
(7)人手不足は怖くない 働きがいこそ外食店の力
(8)すかいらーく創業の横川竟氏「外食の安売りは僕の反省でもある」
……ほか
「店は続けたかったが、会社員に戻った方が収入はいい」
東京・調布で焼肉店を経営している男性は2022年4月、店舗売却を決断した。新型コロナウイルス対策の「まん延防止等重点措置」が3月下旬に解除され、時短営業要請への協力金が途絶えたことが決め手の一つとなった。

開業は20年12月だった。外食店経営に興味を持っていたこの男性は十数件の内見を重ねた結果、家賃が安く、周囲に住宅が多い路面店を選んだ。コロナ禍で、換気しやすい店舗が好まれていた時期だ。「勝ち組」の業態になれると焼肉店を選んだ。
開業当初から東京都の時短営業の要請があり、「協力金で潤う小型店の典型だった」と男性は淡々と語る。低い家賃が奏功して収支は十分なプラスに。「正直、コロナ禍は苦しいと思わなかった」。都からの協力金は累計で1300万円超に上った。
周囲で「焼き肉戦争」が勃発
今になって営業が苦しくなった一因は、「焼き肉戦争」が周囲で勃発したことだ。「コロナ禍でも来店意欲が強い業態」として注目したのは自分だけではなかった。21年初めに居酒屋の「和民」が焼肉店に業態転換。春には「焼肉きんぐ」が市内に開業した。流行の業態へなだれ込み、需要を食い尽くしては次の流行に移る外食業界のサイクルにのみ込まれた。
さらにウクライナ紛争による原材料の高騰も重なった。売価1100円の牛タンの原価は300円弱から500円超へ、ハラミは400円弱から600円超へ跳ね上がった。何とか黒字を続けたが、男性の収入は月10万~20万円程度に落ち込んだ。
「稼げないなら仕方がない。消耗戦に巻き込んできた他の店舗も疲弊しているはず。勝ち組はどこにもいない」。男性は外食への挑戦に区切りを付けた。
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