買うか、待つか──。東京都八王子市の会社員、山本真一氏(仮名、36)は2019年秋、住まいに関するある決断を迫られた。毎日の職場までの通勤時間は電車で片道1時間。「痛勤」にいよいよ限界を感じたため、共働きの妻と相談しながら23区内に引っ越そうと考えたのだ。
勝どき、月島、豊洲……。夏以降、新築マンションに狙いを定め、人気のいわゆる「湾岸エリア」の物件を見て回り、妻にも急かされながら、何度も「御成約」しかけた。が、最終的に踏みとどまったのは、どこかモヤモヤした気持ちが拭えなかったからだ。
「確たる証拠はないけれど、もう少し待てば東京五輪が開かれ、そして終わる。そうすればマンションの価格もきっと下がる。落ち着いたときに出直そう」。これが山本家の決断だった。
各所に潜む「天井」のシグナル
山本家の「選択と決断」の正しさは現時点では分からない。だが、山本家の「見立て」には正しい部分が多く含まれていそうだ。2020年の日本経済・社会を展望する最初のテーマは「不動産」。12年末の第2次安倍政権の発足以降、おおむね上昇を続けてきた不動産価格に異変が起き始めている。天井、さらには下落のシグナルが各所に潜む。
下に示したのは、不動産調査会社の東京カンテイ(東京・品川)がまとめた、19年の首都圏の新築マンション価格(70m2換算・最寄り駅別、10月末時点)のうち、18年からの下落率が高かった10のエリアだ。

下落率が最も高かったのは、王子(前年比32.9%減)。“ちょっとだけ山手線の外”“事実上、山の手”という地の利を武器に、ここ数年物件が多く供給されたエリアだ。価格を抑えた物件が、ある時期に多く売り出されれば、エリア全体の平均値も下がりやすい。
加えて、冒頭の山本氏が住む八王子(下落率7位)、国分寺(同4位)、三鷹(同9位)などを含めて郊外の下落も目立つ。これらも供給物件が多かった地域だが、弱点を挙げるとすると「通勤時間」。より都心部に良質で手ごろな物件が増える中、駅からの距離、さらには都心から距離がある物件が敬遠される傾向は年々、高まっている。
19年の下落エリアで触れないわけにはいかないのが、2位にランクした勝どきだろう。山本氏の当初のマンション購入候補地だった、人気湾岸エリアだ。勝どきの平均価格は70m2換算で6575万円。前年比で24.9%下落、金額にして1年で約2000万円下がったばかりか、心理的な目安である「10m2=1000万円」「70m2=7000万円」を下回っている。
人気エリアが安くなって、お手ごろ価格になって、別によいじゃないかと思う人もいるかもしれない。が、このエリアの下落が、2020年以降の不動産価格の大転換の前触れの可能性があるとするならば、話は変わってくるはずだ。
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