(前回はこちら→「新型コロナ第3波、再度の緊急事態宣言は『あり得ます』」)
連載でご好評をいただいた、ウイルス免疫学の研究者、峰宗太郎先生へのインタビュー(記事リンクはここから)。こちらを再編集し、大幅に加筆して、日経プレミアシリーズより新書『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』としましたところ、発売即重版、3刷となり、各地で品切れを起こしてご迷惑をおかけしております。大増刷をかけまして、ぎりぎり年内には書店さん、ネット書店さんに再入荷するかと思います。お見かけの際はどうぞよろしくお願いいたします。
さて、直近の新型コロナ関連の話題は英国で最初に報じられた変異ウイルスについてでしょう。再流行拡大への影響、新型ワクチンは効くのか、などなど、不安や疑問が次々に出てくるかと思います。書籍ではほとんど触れられなかったテーマでもあり、改めてがっつりと伺ってきました。また、書籍校了後に得られた知見から、峰先生は「積極的に、できるだけ早くmRNAワクチンを自分も接種する」と考えを改めました。ここでフォローさせていただきます。
私はmRNAワクチンを打ちます
編集Y:冒頭からツメちゃいます。峰先生、「モデルナかファイザー・ビオンテックのmRNAワクチンを自分にも打つ」と先日twitterで宣言されましたね。書籍の段階ではmRNAワクチンに対して、ポジティブだけれどもっと慎重だったように思いますが、お考えを変えた背景を聞かせてください。
峰 宗太郎先生(以下、峰):はい、それは単純で、書籍の校了(最終的なOKのこと)後に実際にヒトで試した試験結果がどんどん出され、その結果を見たからですね。ヒトに大規模に打ったことがないから不安だったところが大きかったのですけれども、試してみたそのデータを見て、これは、打つ価値があると判断しました。
出てきた情報を見たら、安全性・効果いずれについても、その他のデータについても、どれも唸らされるものでした。最終的な後押しになったのは12月11日のFDA(米国食品医薬品局)の諮問委員会の審議です。審議はYouTubeで公開されていたんですけれども、それを全部見ていました。
本当にサイエンティフィック(科学的)にみんな真摯に、批判的レビューも加えて投票も公開で賛成17、反対4、棄権1。あらゆる角度から、エシカル(倫理)な面も分子生物学、毒性学とかの視点でもよく検討されています。これだけの数のヒトに打たれたもので、科学者も非常に厳しい目で見ている中で開発されたのであれば、まあ、これ以上のものはこの速度では望めないと思いますね。もちろん、これは私自身の判断で、どなたかに強制するものではまったくありません、念のため。
編集Y:はい。当初、峰先生が慎重に考えていた理由も本書にたっぷり書いてありますので、ご自身の判断の一助になればと思います(そして実は今回のインタビューで、mRNAワクチンについて面白い話をたくさん伺っているのですが、今回はウイルスの変異というテーマだけで膨大な量になるので、涙を呑んで割愛します)。
ジョンソン首相のスピーチのネタ元
編集Y:さて2020年12月19日、英国のジョンソン首相の記者会見をきっかけに「新型コロナウイルスの変異」の話題があっというまに広がっています。例えばこちら(「英で拡大のコロナ変異種『従来より7割流行しやすい』…ジョンソン首相」12月20日付読売新聞)。「7割!? だから英国でまた感染が広がっているのか」と、センセーショナルに報じられていますが。
峰:ジョンソン首相のお話のネタ元というか、ソースの一つはこちらです。「COVID-19 Genomics UK consortium」。こちらのコンソーシアムでは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム(遺伝子情報)をばんばん解読し、まとめてデータにして評価しているんですね。そこが「こういう変異ウイルスが見つかって、今流行している」と出したリポートとそのリスクアセスメントが今回報じられた内容の基になっています。
そもそもウイルスの変異というのは、今回の本の中では触れなかったんですよね。
編集Y:はい、残念ながら。ですのでここで補完できればと。
『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』より
峰:とはいえ、本を読んでウイルスの増え方について知っておいていただければ、ここから先の理解も早いと思います。まず、復習から。新型コロナウイルスはどのように増えるんでしたっけ。
編集Y:ウイルスは生物のように自己増殖、すなわち自分自身でDNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)の複製をすることができないんですよね。だから、感染した生物の細胞の中にあるリボゾームなどの、DNA複製工場の機能をいわば乗っ取って、自分のDNAやRNAをコピーさせて、人間や動物の体内で増えていく……。
峰:はい、ではDNAとRNAはどういう関係にありますか?
編集Y:ヒトも含む細胞内で遺伝情報はDNAという安定した形で保存されていて、コピーするときにRNA(正しくはmRNA=メッセンジャーRNA)に転写する、でしたっけ? データがDNA、コピーがRNA。
『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』より
峰:ざっくり正解です。ちなみにウイルスは自分のデータをDNAで持つタイプとRNAで持つタイプがありますが、新型コロナウイルスはどちら?
編集Y:後者でしたね、RNAで持っている。
峰:よくできました、ですね。さて、「新型コロナウイルスの変異」というのは、基本的にそのRNAに書き込まれている遺伝情報が書き換わってしまうことを言うのですけれども、RNAが書き換わっただけで「変異した」とは言えますが、ウイルスの性質が変化するかどうかは実は分からないんですよ。
編集Y:なぜでしょう?
峰:なぜかというと、mRNAの情報を元にしてタンパク質を作り出す……業界用語でタンパク質に「翻訳される」と言いますが、その時点で、できたタンパク質が変わることで、ウイルスの性状が変わったことになるからです。
編集Y:データが最終製品の形になった段階で、初めてウイルスの性質に影響が出る。でもそもそもここで言う「データ」って何なんでしょうか。
峰:A、T、G、Cとか、生物の時間に習いましたよね?
編集Y:おぼろげな記憶が……。
峰:深入りはしませんが、このアルファベットは「塩基」といいまして、DNA、RNAの構成要素です。アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)チミン(T)。これらの3つの塩基の組み合わせ、例えば「AUG」が「メチオニン」というアミノ酸をつなげるよ、というデータになるんです。このうちUはRNAにのみ、TはDNAにのみ使われるので、4つの塩基の中から3つを選ぶことになります。
編集Y:えーと、3つの塩基の並び方が「これこれのアミノ酸を作れ」というデータになっている。
峰:正確には作るのではなくて、「アミノ酸をつなげろ」という指示なのです。アミノ酸が鎖状につながってタンパク質が合成されるわけですね。タンパク質というのは複雑な形をしていますが、DNAやRNAなどと同じように、1本のチェーンとして合成されるのです。
編集Y:どの組み合わせだとどのアミノ酸、という一覧表みたいなものがあるんでしょうか。
峰:あります。「コドン表」と呼んでいます。
編集Y:うっひゃー!
峰:面白いのは、このデータには冗長性があって、1文字変わったらできるアミノ酸、タンパク質が必ず変わる、わけではないんです。
編集Y:あっ、そうなんですか。
峰:「サイレント変異」と呼ばれる、タンパク質には影響がない変異も存在するわけです。一方「ミスセンス」といってタンパク質の内容が変わるような変異もあるし、「デリーション」といって、3文字がぽこっと落っこちてしまい、アミノ酸が1個なくなるような変異もあります。
編集Y:そういう変異はどうして起こるんですか?
峰:そもそも、ウイルスって常に変異しているんですね。
編集Y:は……?
峰:ヒトの体に感染して、細胞の中で子孫のウイルスができるときにはしょっちゅう遺伝情報が書き換わるんです。ウイルスが自分の遺伝情報を複製するときに書き換わるのです。そして、結果としていろんな変異のあるウイルスが一つの宿主個体内でも生じ得ます。例えば私に感染した場合に私の体の中に何種類も変異が出現しうるんですけど、そういうものを「クワジスピーシーズ(viral quasispecies)」と呼んでいるんですね。
スピーシーズは種という意味です。クワジというのは似たものという意味ですから要は入り交じった状態なので1人のヒトの中でも感染していると1種類じゃないことがあるんですよ。ほかの変異ウイルスと、もともとのウイルスといろいろ出てくるわけです、ウイルスが。
編集Y:感染してウイルスが増殖した段階で、変異して当たり前だと?
峰:そうなんですよ。
ウイルスが自分をコピーする段階ではエラーがつき物
編集Y:うーん、感染するから変異する。それは、新型コロナウイルスのRNAを我々のリボゾームが取り込んでタンパク質に翻訳する際に、たいてい何らかのランダムな変化が起こる、という意味でしょうか。
峰:その段階ではないんですね。それ以前の、ウイルスのRNAが複製されて、子孫ウイルスに入れ込むRNAを作り出す際に、変化が起こってしまうんです。これも本に書きましたけど、「RdRp」という酵素がウイルスにあります。「RNA-Dependent RNA Polymerase」の略なんですけど。
編集Y:はいはいはい、本書55ページの治療薬の話のところで出てきました。RNAをコピーする際にウイルスが使う酵素ですね。治療薬は、その酵素の作用を妨害してコピーエラーを起こさせる、という。
峰:そうです。治療薬はウイルスのコピー作業を強烈に妨げるのですが、そもそも複製の際にはエラーがある程度の頻度で起こる。そのエラーというのは「文字」(RNAでいうとA、C、G、U)が書き換わる、つまり、変異するわけです。
なおかつそこには進化論的というか、「選択圧(※)」というものがかかってきます。感染者のそのときの体の状況により適した変異を起こしたものが、他のものより増えやすくなり、逆に、適さない変異を起こしたものは減っていきます。増えたり広がったりするのに有利な変異を得たウイルスが体の中でドミナントになる、つまり大勢を占める。そうすると体の外に排出される確率も高くなり、他の人にまた感染して増えるわけですね。(※生物の進化において、ある形質をもつ生物個体にはたらく自然選択の作用:出典「デジタル大辞泉」)
ウイルスに変異を「起こさせた」感染者がいる集団の中でさらに感染が広がっていって、もしその集団の中でも他より増えやすいということになれば、今度は集団の中でドミナントになっていく、と考えられるわけです。
編集Y:「新型コロナウイルスは変異するぞ、だから怖いぞ」じゃなくて、「ウイルスならば変異して当たり前」という理解でいいでしょうか。
峰:その通りです。変異は当然するわけです。変異した中で、より宿主の体などに適しているタイプのものが増殖しますし、うつりやすければより広くうつる、ということになるんですね。
編集Y:なるほど。で、そういうリポートがこちらの「COG-UK」のサイトにまとめて報告されているわけですね。
峰:はい。今回話題になっている変異ウイルスはB.1.1.7というもので、英国保健省はVUI-202012/01と名付けています。この変異したウイルス(バリアント、リニエージ、クレードとも)には17カ所のアミノ酸配列の変異が入っていることが特徴です。結構多くの変異が入っているんですね(※ソースはこちら)。
話題になっているのは、やはりスパイクタンパク質(S protein)に変異をもたらすところですね。
編集Y:あっ、スパイクタンパク質。本書でも紹介しましたが、新型コロナウイルスの表面にあって、細胞にくっつくところでしたね。
『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』より
峰:そうです。細胞にくっつきやすいというところが変異するということは、くっつきやすさが変わる、ということが起こると感染しやすさが変わるだろう、と、容易に想像できますよね。
編集Y:なるほど、どういう機能を持っている部分のタンパク質が変化するかが分かれば、その影響も推測もできるわけですね。
峰:一番上の「D614G」というのは、「スパイクタンパク質の614番目のアミノ酸であるアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に変わりました」という意味なんです。614番目のDがGに変わると何が起きるかというと「Moderate effect on transmissibility」。感染のしやすさ、transmissibilityですね、これがmoderate、ある程度変わるよ、と。これは動物実験でももう分かっていることで、かなり確実な話なんです。
その他に「A222V」というのも有名で「Fast growing lineage but no evidence of mutation effect」、集団内でウイルスが早く広がったということが分かっているんですね。ただし、変異による影響なのかどうかは証拠がない。
編集Y:△マークもありますよ。「Δ69-70」。
峰:「デルタ」ですね。さっき言ったタンパク質が失せること、デリーション(欠失)を示しています69-70番目のアミノ酸2つがなくなってしまったものですね。タンパク質の形が変わることで(コンフォーメーションチェンジ)、ちょっと免疫機構から逃れやすくなるんですね。
さて、今回特に話題に上がっているのはその下にある「N501Y」です。
編集Y:「Fast growing lineage & increased binding affinity to hACE2 receptor」。ん、本でも「ACE2」って出てきましたね(95ページなど)。
峰:はい。ACE2はヒト(human)の細胞で、ウイルスのスパイクタンパク質と結合するレセプター(受容体)なのです。N501Y、つまり501番目のアスパラギン(N)がチロシン(Y)に変わると、hACE2とスパイクタンパク質のくっつきやすさ(親和性)が増す、と報告されている。そして「Fast growing lineage」、すなわち、集団の中で急速に感染者が増えている人の中からこの変異ウイルスが見つかる。ここまで分かっているんですね。
問題は今回N501Yを含む変異があったからといって、じゃあ、これは本当に変異する前よりもうつりやすいのか、ということです。
編集Y:あと、「7割うつりやすい」という言葉の真意も知りたいです。
7割という数字に根拠はあるのか?
峰:はい、例によって順序立てて行きましょう。これに関しては、実験上はACE2との親和性が上がることは明確に、よく分かっているんです。また一部の動物実験でうつしやすさが若干変わる可能性があるということも分かっているわけです。そういう知見も合わせた上で、統計データから、まずはインペリアル・カレッジ・ロンドンのエリック・ヴォルツ博士が「最大70%程度、人の集団でもうつしやすさが変わっている可能性がある」と言ったんですね。また、「実効再生産数R」を0.4引き上げているのはこの変異によるのではないか」という推測を出したんです。これの根拠となった解析のサマリー(※)が、英国保健省からも出されました。
(※こちら)
編集Y:つまり、このところの英国の感染拡大の原因の一つはN501Y変異を含む新しい変異ウイルスの影響なのではないか、と。
峰:ええ。しかしこれに関しては、はっきり言うとまだ分からないのですね。今まで説明してきたように、「ウイルスの変異はしょっちゅうあってくっつきやすさなどは変わる」んですけれども、これをヒトの集団に適用したときに、R、実効再生産数(実際の環境下で、1人の感染者が何人に感染を広げるか)に直接かかわっているか否かをダイレクトに説明するのは結構難しい。
なので実際にはその変異がある・なしで、統計データ・疫学的な観察をしてみた上で、比較をするとこの変異型が顕著に増えている。それはなぜかと言えば「It is more able to transmit than other variants」、つまりほかの変種よりもうつしやすいから増えているんだとエリック・ヴォルツ博士はYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=G3CT9N89L-c&feature=youtu.be)で言っているんです。
しかしですね、先に紹介した英国保健省の対策チームの資料を見てみると実は、これはこの変異を含む変異ウイルスの出現している割合と感染の拡大の大きさ(R )間に「関係があること(associative effects)」を見ているところまでで、因果関係(causal relationship)については踏み込めていないんですね。
編集Y:鈴木貞夫先生の「アイスクリーム理論」(本書242ページ)ですか。夏になればアイスが売れる、海の事故が増える。でもアイスの売れ行きと海難事故に因果関係はない。おのおのが独立した事象なのか、片方の結果としてもう片方が動くのか、そこはまだ分からない。
峰:この変異ウイルスの感染性が特に高い、とか、変異ウイルスの「せい」で感染拡大が早まっている、とまで言うには証拠はまだまだ不十分だと思います。
編集Y:ということは、「7割」うつりやすい、という数字に根拠はないんですか。
峰:統計解析は根拠であり推測がされたものですけれども、実証という意味において、また、「うつりやすさの原因が変異である」と断言するという意味では、まだ明確な根拠はないと思っていいでしょう。
英国で今急激に新型コロナが拡大しているのは事実ですよね。変異ウイルス(バリアント)の割合が増えているのも事実。ですが、バリアントが増えたから拡大したのか、拡大につれてバリアントが増えているのか、人の行動の差などからバリアント拡大が強く起こっているのか、それらは現状では断言できないでしょうね。
編集Y:うーん。7割増というのは論文で出ていないんですか。
峰:まだ出ていません。疫学のデータを見てそう判断しているということですね。
編集Y:その疫学データというのは、ワクチンの第3相試験(本書115ページ)のような、対象例を用意して数万人で変異前と変異後のウイルスで比較、というようなものではない?
峰:あ、そういうものとはまったく違います。疫学データを見ると、感染のしやすさが70%ぐらい高いのではないかということを言っているんですが、リミテーション(限界)がすごくたくさんあるんです。
例えば今日、東京のある繁華街で感染した人から変異ウイルスが見つかった、とします。そして、その変異ウイルスがばーっと広がったとします。でも、そのウイルスが本当に「パワー」を持っているからわっと広がったのか、広がりやすい行動を取る人がその繁華街に集まっているからなのか、というのは分からないですよね。
編集Y:たまたま環境に恵まれて、ウイルスの「実力」以上に感染者を増やしちゃった、という可能性も。
峰:はい、全然除外できないですね。英国の例では一応モデリングと合わせて実効再生産数「R 」がどれぐらい変わっているかを見ているんですけれども、はっきり言って断言できるレベルではないと思っています。
編集Y:それは、どういうところから「断言できない」とお考えなのでしょうか。
峰:要は統計データから因果関係を見極められるか、というところと、モデリングやシミュレーションなどの記述の仕方とリアルワールドの関係としてですね。科学はそんなにうまく現象を記述できていない部分がありますし、実際に起こっていることの原因を簡単に突き止められるわけではないんです。「科学は具体的な『証拠』をなかなか示せない」と、本でお話ししましたね(157ページ)。
数字だけ切り取った報道がパニックを呼んでいる
編集Y:ああ、その話ですか。実は自分も「感染力が7割上がった」と聞いたときに、本にあった、西浦博先生の「接触を8割減らす」を思い出しました。じゃ、人と会う時間を8割減らすのか、回数なのか、距離なのか。実はその具体的な行動の説明はできないし、されていない、科学はまだそのくらいのものである、という。
峰:その話も関係しているのです。なので、「新型コロナの感染力が急増した」と現時点で真に受けて不安になり過ぎる必要はない。増えている理由の一つを示唆しているという意味では重要ですし、リスクアセスメントの観点からは警戒した方がよく、広がらないようにするのが大事なのは事実ですが、実際に起こっていることは「神のみぞ知る」ですよ、これは。
編集Y:ちゃんと元資料を読めば、今おっしゃったようなことが分かっちゃうようなリポートがネットにアップされていたんでしょうか。
峰:うーん、先ほど紹介した英国保健省のチームのデータサマリーまでですかね。とにかくまだ論文や生データが出ていないんですよ、プレプリントも出ていなくて。あくまでも英国のコンソーシアム(COG-UK)が「こういう変異がありました、拡大しています」ということを発表したと。
「これは重要な情報だから早めに出す」という判断は素晴らしいと思います。そして英国の政治家もこれをしっかりブリーフィングされて、発表の際には非常に丁寧にかつ慎重に言葉を選び、述べてはいるんです。なのに、それが変な形で報道されてしまったんですよね。
編集Y:え、そうなんですか。
峰:ジョンソン首相や保健相は本当に慎重な言い回しをしています。「maybe」とか「it's not have evidence」、もしかしたら、証拠はないけれども、という言い方をしているんですけど、そこを省いたり、一部を切り取ったりした報道になっちゃったんですね、多くの媒体で。
BBCは結構頑張っていて、全体を出したりいろいろな人にインタビューをして脇を固めていて、サイトからはソースにちゃんとリンクが飛ぶようになっている。WHO(世界保健機関)が報道に求めている「State the source」「Define the terms」「Clear language」を守って、非常によくまとめて書いてはいると思うんですね。
編集Y:じゃあ、それを2次報道するところで枝葉というか、大事なところがすっ飛んだ面があるいうことですか。
峰:そうです。まぁ英国の政治家が危機意識を国民に持ってほしいという思いがあるのは事実だとは思うのです。だから強い表現が目立ったのかもしれない。でも、日本のメディアはどこも大事なニュアンスや意味合いについての詳細をすっ飛ばしましたね。
編集Y:……。
結局これって自然な現象なのか
編集Y:気を取り直しまして、今までのお話を私の脳がどう受け取ったか、なんですけど。感染が広がれば感染者が増えてその体内でバリアント、変異したウイルスというものが自然に発生し、より適したものが自動的に増えていく。体内で増えやすくて感染力の強いものが当然ドミナントになっていくんだから、つまり、変異したウイルスが出てくるのも、広がってくるのも、感染の拡大とともに起こる自然な現象なんじゃない? という気がするんですが。
峰:その通りです。
編集Y:あ、いいんですね。
峰:それでいいです。
編集Y:だからといって、安心していいのかどうかちょっと疑問も残るんですが……。
峰:ますますいいですね。もうちょっと勉強しますか(笑)。
編集Y:(しまった)
峰:R0(アールノート、基本再生産数)の話を覚えてますか。
編集Y:基本再生産数、これは本の28ページに出てきますが、「免疫を持つ人がいない、対策も何も取られない」、ウイルスにとってはある意味理想的な環境下で、1人の感染者が何人にうつすか、という、いわばウイルスのうつりやすさに関する「基本性能」を示す数字でした。
峰:はい、R0 はとても重要です。というのも、感染の広がりやすさに直結していますし、これが大きくなると集団免疫を獲得するのが難しくなるからです。
集団免疫が成立するためには
以上の比率の「免疫の保有者」がいることが必要なんですが、R0 が大きいほど比率が上がることが分かりますよね。
編集Y:「感染力」が強いウイルスほど、免疫を持つ人が多くなければ感染が止まらない。はい、素直に理解できます。
峰:このR0 がウイルスの変異によって変わる可能性があるわけです。
編集Y:体内で増えやすくなる(排出するウイルス量が増える)、スパイクタンパク質が細胞にくっつきやすくなる、免疫系が見逃しやすくなる、などの変異ですね。
峰:はい。それらはR0 に影響を与えますし、ほかにも2つ大きな問題が考えられます。
PCR検査への影響や「エスケープ変異」の可能性
峰:一つはPCR検査。PCR検査では核酸(変換後のDNA)の特定の場所にプライマーというものをくっつけるんですけれど(qPCRという検査ではプローブというパーツも用いる)、プライマーがくっつくところに変異が入っちゃうと、本当は陽性なのに陰性と判定してしまう偽陰性の原因になる可能性があるんです。なので、変異がたくさん出てきた場合には、変異が起こった場所に対して、プライマーとかプローブが設計されていないかをしっかり見ていく必要がある。
編集Y:つまり検査への影響がゼロではないかもしれないと。
峰:はい、実際、英国ではライトハウスという会社のキットを使って検査をしていたのですが、3セット用いるプライマー・プローブセットのうち、1セットが、まさに B.1.1.7にも含まれる変異(先ほど出てきた「Δ69-70」)に当たっていたと言うのですね。そうすると、3セットのうち2セットでは陽性反応が出るけれども、1セットは陰性になる、という現象が起きるわけです。実際そうした「変な結果」があったことから、この変異の拡散が評価できたという部分もあるんですよ。
というわけで、実際に検査への影響はすでにあったのですが、スパイクタンパク質をターゲットにしたPCR検査は主流ではありませんし、日本では現状問題にはならないでしょうね。
2つ目は治療薬とワクチンに対するものです。特に治療薬では、すでにレムデシビルをたくさん使った病院で、レムデシビルがくっつきにくくなるRdRpの変異を持ったウイルスが増えたんですね。
編集Y:……耐性菌みたいなものがもう出てくるのか。
峰:はい、選択圧がかかりますから当然です。薬による選択圧から逃げるエスケープ変異というものが出てきて、これが実際問題になる可能性があります。
薬が効かなくなった変異を持つウイルスは増えることができるので、そういった変異を持つリニエージが「選択」されるということですね。これについては、ワクチンに関しても同じことが起こり得る。
編集Y:えっ。
峰:ワクチンはスパイクタンパク質に対する抗体を作らせるんですけど、1カ所2カ所変異しても、効き目に大した影響はないことがほとんどです。ただ、効果が高い、中和抗体が一番がっちりできるところに変異が入っちゃうだとか、大きくタンパク質の形が変わるような変異があると、やっぱりワクチンが効きにくくなる、そういうエスケープが出てくる可能性はあるんですね。
編集Y:そうなるとやっぱり心配だなあ……。
やっかいな変異ウイルスが生まれる確率を下げるには?
峰:ただ、新型コロナはインフルエンザウイルスに比べれば変異の状況が少ないです。そもそもRNAウイルスというのはDNAウイルスに比べると変異が速い(多い)のですが、コロナウイルスのRdRpには校正機能といって、エラーを見つける機能がついているのですね。なので、インフルエンザウイルス(RNAウイルスです)などよりコロナウイルスの変異は相対的に少ないのです。そこはワクチンにとってはラッキーな面でもありますね。
編集Y:新型コロナには校閲さんがいるのか!
峰:そして、今まで麻疹とか、めちゃめちゃはやったウイルスにおいても、エスケープ変異が広がってワクチンがまったく効かなくなるといった大きな問題になったことってあまりないんです。
編集Y:そうなんですか。なぜでしょうか。
峰:薬剤に対するエスケープ変異は結核とかHIVとかではよくあるんです。結核というのは細菌なのでウイルスとは話が違って抗生物質の話になるんですけど、先ほどYさんが言った抗生物質が効かなくなる耐性菌というやつですね、これは出てきます。それからHIVもヒトの体の中で長い間、10年間とか感染継続して「培養」されちゃうウイルスなので……。
編集Y:あ、そういうことか! 耐性を獲得するだけの時間があるわけだ。
峰:そうです。なので、HIVの治療は抗ウイルス薬は例えば3種類とか、いくつも合わせて服用するんです。1種類だけだと耐性を得てしまいますが、3種類ぐらい一緒にやっておくと大丈夫。つまりこれも確率論なんですね。要はドミナントになるような変異をあまり発生させなければいいわけです。
さてそうするとこの新型コロナウイルスの場合はどうするのがいいか。結局、変異を起こす回数を減らすには、まずは流行を抑えればいいんですよ。
もう一つはですね、免疫不全などの患者さんでは結構長期間ウイルスが1人の体の中にいることがあるんです。そうするとウイルスの増えている期間が長くなるので、変異が蓄積しやすくなります。そういう意味では、長期間感染した人からうつるのを特に注意する、ということも大事になるかもしれませんね。
まぁ基本は、とにかく予防してうつらないようにすることなんです。
編集Y:感染が広がれば広がるほど変異ウイルスが増える、という理屈ですもんね、これ。
峰:そうです。ですからワクチンを打つ人が最初に多くて、なおかつみんなが予防策を取っていれば、もちろん変異は出るんだけど、その変異の広がり方は突然空気感染するようになるとか、そういうよほどとんでもない変異じゃない限り、全然問題ないんですよ。
編集Y:じゃあ先生、逆に言うと流行がうだうだ長く続いていると、どこかでヤバい変異が起こって、それが、えーと、ドミナントなものになってしまうリスクも確率的には出てきちゃうんじゃないんですか?
峰:いや、さっき言ったぐらいの大きい変異だと、変異というよりウイルスの進化で種が変わったりタイプが変わったりした、というレベルなんです。もちろん、人間社会の中だけでなく、自然環境の中でも変異が起こっていますし、大きな変異が出ることはいくらでもあります。例えば今回の新型コロナウイルスはたぶんどこかでそういうとんでもない変異を起こして、ものすごい能力を手に入れているんですよ。どういう変異かというと、動物だけでなくヒトに感染するようになったと。
編集Y:そうか、新しい宿主ができたのか。
峰:そのステップでものすごい変異をしていると思うんですよね。そういう変異が同じウイルスでまた起こる可能性はもちろん、まったくないわけではないんですけど、確率としては天文学的に少ない数字だと思います。
編集Y:そういえば、本の中では「mRNAワクチンは設計製造が非常に簡単だ」というお話を伺いましたけれど(86ページ)、例えばやばそうな変異が出てきたとしても、mRNAワクチンだったらすぐそれに対応したモディファイができる、みたいなことはないんですか。
峰:あります。その通りなんです。フレキシビリティーということなんですけれども、変異が出てくればその変異に対応したmRNAでまたワクチンを設計し直すことができるので、実はそれはできます。実際、ビオンテック社は、今回ぐらいのマイナーな変異であれば、6週間あれば対応する新しいワクチンを製造できる、とコメントしていますね。
編集Y:やっぱりこの本を作ってよかったです。基本を覚えたので何だかすいすい「こうなるとこうなりそう」が分かります。
峰:ということで、実はこの変異ウイルス、バリアントに関してはいろいろなことがいわれているんですけれども、ウイルスの性状がおそらく変わっているのは事実。ですけれども、それが感染の拡大に大きな影響を与えるほど変わっているかということはまだ証明できていない、ということですね。
変異ウイルスを気にするよりもっと大事なことがある!
編集Y:おかしな言い方ですけど、変異自体をどんなに問題にしたところで、感染を抑制する以外に打てる手ってないわけですよね。
峰:打てる手は変わらないんです。
編集Y:ないと言うより、変わらないわけですね。
峰:そこで、この式を見てください。
R:実効再生産数 pC :非薬物的介入 pI :免疫を有する人の割合 R0 :基本再生産数
編集Y:うわ、ややこしい! pC とかpI とか何なんですか。
峰:R、すなわち実効再生産数(実際の環境下で感染者からうつる人数)は、pC 、(非薬物的介入、マスクとか、距離を取るとか)と、pI (免疫を有する人の割合)が高いほど減る、というだけの、シンプルな式なんですよ。
編集Y:あー、免疫を持つ人が100%(数字上は「1」)になるとか、完全にソーシャルディスタンスが守られて、誰も他人と接触しなくなれば、そりゃ、R0 がどんなに高くても実効再生産数はゼロになりますね。
峰:そう。今回の変異ウイルスの増殖でR0 の数字が変わる可能性は確かにあるんですが、だからといって取るべき対策、ここで言う「pC
」の内容が変わるかというと、何も変わりません。変異ウイルスという、あまり考えてもある意味仕方のないことで個々人が大騒ぎする必要はないんです。
編集Y:ああ、そうか。
峰:まず、減らさなければいけないのは変異ウイルスの増加ではなくて、流行そのものなんです。なので、手洗いうがいに睡眠栄養、そして人混みに出かけない、3密回避と換気ですね。流行が拡大していればなおさら、基本対策がより重要になる、ということです。
編集Y:変異ウイルスに注意がいって、できることは何もない方向でパニックを起こすよりも、そもそも地味だけど有効な感染防止の対策があるんだから、そっちを強化するようにしろよと、そういう話ですよね。ありがとうございます。よく分かりました。
峰:少しでも伝わればと思いますけれども。
編集Y:分かりました。できる限り早く世の中に伝えたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。
日本人がワクチンを
打つ前に知っておくべき
これだけの真実
ワクチンのメリットとリスク
新型コロナの致死率はインフルエンザ並み、なのか?
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ワクチンの「効く」「効かない」はどこで見る?
「高齢者だけ厳密に」はなぜ非現実的か
新型コロナを巡る数々の話題を、専門家の峰宗太郎先生と、ド素人代表の編集Yの対談形式でまとめた日経ビジネス電子版で大好評の連載が、大幅加筆を経て新書になりました。
「自分の頭で考える」ために必要な知識に絞り、専門家ではない方でも、ネットやメディアが伝える情報の吟味ができるようになる本です。ワクチンの仕組みやそのメリット、リスクをしっかり理解していないと、最悪の場合「日本だけが新型コロナワクチンを打てない国」になってしまうこともあり得ます。無用な不安にさよならして、誰かの話に簡単に流されたりもしなくなる。新型コロナとインフォデミックを遠ざけ、たんたんと勝ち抜くために必要な知識を凝縮しました。是非ご一覧ください。
この記事はシリーズ「Books」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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