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すると「おばあちゃん? 何それ、キモくない?」と言われてしまう。

中川:一度「キモい」と認定されると、後は絵を描いていても何をしていても「キモい」となってしまう。クラスで孤立して、悪口を言われ、休み時間の間もトイレに隠れたり、廊下のロッカーの教科書を入れ替えたりして、忙しいふりをしていました。

……。

中川:「何でこんなことになっちゃったんだろう」とか、いじめられたことを思い出しては「あのとき、ああ言い返せばよかった」とかずっと無駄なことを考えていたように思います。なるべく学校での滞在時間を短くしたいから授業が終わるとすぐに帰宅です。で、帰ってからずっとインターネットをやって、ネットで見つけたいろいろな面白い情報を、仕事で夜中に帰ってくる母に話すんです。そうすると母は「へえっ」てきいてくれて。

ネットとお母さんが最初の救いになるんですね。

ラジオ体操が流れると「ああ、また学校だ…」

中川:でもそうやって起きていると明け方になって、ラジオ体操が聞こえてきて、ああ、また学校だ、嫌だなみたいな、そんな感じでずっと過ごしていました。それでも中3になるとキムラという友達もできました。彼女はもっと上の「カースト(学校内序列)」の子なんですが、普通に私と一緒にいてくれて、一緒に笑ってくれていて、絵を描いたり、漫画を読んだりしてくれました。

慰めてくれたり、一緒にいじめグループに対抗したりしてくれるわけではない?

中川:何も言わず、隣にいてくれるだけです。でも、だからこそ救われました。私の靴箱がボコボコにされていたのを見ても何も言わなかったんです。ただ隣にいる。私は「隣る(となる)」って表現しているんですが、ただ隣ってくれる人がいるだけでも、人は救われるんですよね。

本を読んでいて、キムラさんがいなかったらどうなっていたかと思いました。

中川:そうですね。そこのところはラッキーでしたね。だから、隣るというのはすごく勇気がいると思うんです。やっぱり被害を受けたくないとか、自分に被害が及びかねないですもんね。キムラとは今でも友達です。

キムラさん以外の中学時代の同級生の方々とのお付き合いはあるんですか。同窓会とか。

中川:絶対に行きたくないです。