岸見:今日こうしてお話ししてきて、出雲さんにぜひお伝えしたいと思ったことがあります。

 「不完全である勇気」です。

 今日の対話を受けて、社内の方々に、このようなことを言えるといいと思います。

 「リーダーとして、私は最近、このようなことを学んだ。頭では本当によく分かったのだけど、実践において、どうしたらいいのか、実はまだ分からないのだ。だから、一緒に考えてほしい」

 そのようなことを、部下の前で言える勇気を、出雲さんに持ってほしいと思います。

 前回、経営者としてネット社会に感じる怖さについて、話されていましたね。その思いも、社員に打ち明ける勇気が持てるといいと思います。

 「今のこのネット社会では、一人の社員のささやかに思える失敗が、あっという間に拡散して、会社の信用を瞬く間に失墜させる。そのようなことは、今も日々、起こっているし、今後も起こるだろう。しかし、その状況に対して、私たちがどうしたらいいのかについて、実は私はまだ、明確な答えを持っていない。だから、一緒に考えていきたい」

 そのようなスタンスで、部下の方たちに、相談をもちかけるのです。いかがでしょう?

出雲:なるほど。

上司が有能だと、部下が自立しない

岸見:場合によっては、不完全であるリーダーのほうがいいわけです。そのほうが、部下が育ちます。あまりに有能なリーダーだと、部下は安心してしまったり、リーダーに任せてしまったりして、自立しないことがあります。親子関係においても、「この親ではダメだ」と思うと、子どもは自立します。そのような親子関係が必ずしもいいとは思いませんが、親が立派すぎるとそのことがプレッシャーになって、子どもが問題行動を起こすこともあります。

 部下が自分の判断で動けるようになるには、上司が不完全であることをもっと率直に打ち明けていい。もっと言えば、自分のことをよく見せることばかりを考えている上司ではいけないでしょう。

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