前回は、社員への言葉に、怒りの感情がにじんでしまうことがある、という、出雲社長の悩みに答えました。出雲社長の悩みはもう一つあって、「岸見先生の本を読んでから、『ありがとう』を、たくさん言うように心がけているけれど、心がこもらないときがある」というものでした。
岸見:やってみるしかありません。「こんなふうに言っていても、ダメなのではないか」などと思わずに、ぎこちなくても、とりあえず「ありがとう」を言ってみる。言い続けて、そこから起きる変化を観察してみることです。
「ありがとう」には、「ありのままのあなたでいい」というメッセージがあります。
仕事に関しては「ありのままのあなた」であってはいけないかもしれません。部下が無能なままではダメ、失敗ばかりしているようではダメで、経験を重ね、知識や技能を身に付けていかなくてはならないでしょう。
しかし、出発点として、あなたがあなたでいることを、私は理解しているし、認めているということを、上司から部下に伝える必要があります。それが「ありがとう」です。欠勤せずに、出社してくれたなら、それだけでもありがたいことですし、リモートで会議に参加してくれたなら、それもありがたいことです。
「ありがとう」に下心はNG
そのような貢献を上司が認めることが、必要なときには、部下に少し厳しいようにも思える言葉をかけても大丈夫な関係の土台になる、ということでした。
岸見:くれぐれも気をつけていただきたいのは、そこに、操作性があってはいけないということです。
出雲:どういうことでしょう?
岸見:つまり、「『ありがとう』を言うと、やる気を出すのではないか」とか「能力が伸びるのではないか」といった気持ちがあってはいけない、ということです。そういった親の気持ちや、上司の気持ちを、子どもや部下は、すぐに察知します。
出雲:なるほど。
岸見:そういう気持ちを、部下に感じさせてはいけません。部下に今「ありがとう」を言うことと、将来のことは、別の話です。上司がしっかり教育したら、部下は必ず伸びると、信頼するしかありません。
出雲:はい。

1956年、京都生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『生きづらさからの脱却』(筑摩書房)、『幸福の哲学』『人生は苦である、でも死んではいけない』(講談社)、『今ここを生きる勇気』(NHK出版)、『老後に備えない生き方』(KADOKAWA)。訳書に、アルフレッド・アドラー『個人心理学講義』『人生の意味の心理学』(アルテ)、プラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)など多数。

ユーグレナ社長
1980年生まれ。東京大学農学部卒。2002年、東京三菱銀行入行。2005年8月、ユーグレナを創業。同年12月、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に世界で初めて成功。起業を志すきっかけとなったのは、東京大学に入学した1998年、インターンシップで訪れたバングラデシュで「日本では出合うことのない、しかし世界に確実に存在する本当の貧困」と出合い、衝撃を受けたこと。ユーグレナ由来のバイオ燃料の開発などでも注目を集める。
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