ジャーナリストの池上彰氏と増田ユリヤ氏に、「感染症は、社会をいかに変えるのか?」を問うインタビューの3回目(1回目と2回目はこちらこちら)。インタビュアーを務めるのは、歴史学者である、東北大学大学院経済学研究科の小田中直樹教授だ。

 今回は、「1968年の香港風邪流行」から説き起こす。世界で数百万人の死者を出し、日本でも13万人が感染、1000人が死亡と伝えられる感染爆発を起こしたが、人々の記憶は薄い。50年前のパンデミックは、なぜ忘れられてしまったのか?

 今年刊行の著書を通じて、感染症と社会、経済という共通のテーマについて、深く考えてきた3人(※)が、新型コロナが日本社会にもたらす変化を予測する。

※池上氏と増田氏は『感染症対人類の世界史』と、『コロナ時代の経済危機』も共著で刊行。
※小田中教授は『感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか』を刊行。

小田中直樹(以下、小田中):この春、本を書くため、感染症の歴史をいろいろ調べたとき、本には結局、書かなかったのですが、すごく気になったことがあります。

 1968年の香港風邪の流行です。

 資料に当たると、世界で100万人単位の死者を出し、日本でも13万人が感染、1000人が死亡、といった数字が出てきます。新型コロナと比べても、なかなかの規模で、日本国内についていえば、今と同じような騒ぎになっていたとしてもおかしくない気がします。

 しかし、実際には、ほとんど話を聞いたことがない。私は当時、まだ5歳だったので覚えていませんが、新型コロナが流行してから興味が湧き、親に尋ねてみたのです。しかし、「あまり記憶にない」という。池上さんは覚えていらっしゃいますか。

池上彰(以下、池上):ええ。18歳の頃のことです。これは増田さんには答えられないから、私の担当ですね。

増田ユリヤ(以下、増田):はい、お願いします(笑)。

池上:要するに、あの頃は人間の命が、今よりも安かったのですよ。

<span class="fontBold">小田中直樹(おだなか・なおき)</span><br>東北大学大学院経済学研究科教授。1963年生まれ。86年、東京大学経済学部卒業、91年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学、東京大学)。研究分野はフランス社会経済史(スクリーンショット:栗原克己)
小田中直樹(おだなか・なおき)
東北大学大学院経済学研究科教授。1963年生まれ。86年、東京大学経済学部卒業、91年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学、東京大学)。研究分野はフランス社会経済史(スクリーンショット:栗原克己)
<span class="fontBold">増田ユリヤ(ますだ・ゆりや)</span><br>神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのレポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、コメンテーターとしてテレビ朝日系列「グッド! モーニング」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している(写真:栗原克己)
増田ユリヤ(ますだ・ゆりや)
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのレポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、コメンテーターとしてテレビ朝日系列「グッド! モーニング」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している(写真:栗原克己)
<span class="fontBold">池上彰(いけがみ・あきら)</span><br>1950年、長野県生まれ。慶応義塾大学卒業後、NHKに記者として入局。事件、事故、災害、消費者問題、教育問題等を取材。2005年に独立。名城大学教授、東京工業大学特命教授。海外を飛び回って取材・執筆を続けている(写真:栗原克己)
池上彰(いけがみ・あきら)
1950年、長野県生まれ。慶応義塾大学卒業後、NHKに記者として入局。事件、事故、災害、消費者問題、教育問題等を取材。2005年に独立。名城大学教授、東京工業大学特命教授。海外を飛び回って取材・執筆を続けている(写真:栗原克己)
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