酔っぱらいのケンカをロボットは仲裁できない
ダイバーシティを叫んでも同質化が進む社会をめぐる対話(1)
30万人を突破した日本で学ぶ外国人留学生。アニメやマンガなど日本のポップカルチャーに関心を持ち、日本が大好きな人も多い。卒業後に日本企業で働くことを希望する留学生も多いが、就職活動がうまくいかなかったり、就職できたとしても短期間で辞めたりする場合が少なくない。
このような外国人留学生たちの実態に迫ったのが、新刊『日本を愛する外国人がなぜ日本企業で活躍できないのか?』だ。著者である九門大士氏は、東京大学公共政策大学院の外国人留学生向けの英語コースで教えており、亜細亜大学の教授として外国人留学生について研究を続けている。
そんな九門氏が、民間出身の校長として公立の中学校や高校で教育改革に取り組み、12月に書籍『革命はいつも、たった一人から始まる』(ポプラ社)を発売する教育改革実践家の藤原和博氏と対談した。テーマは、ダイバーシティ(多様性)を叫ぶ一方で同質化が進む日本社会、そして個人の働き方だ。第1回ではデジタル化が社会の同質化を加速させている現状と「消える仕事」「残る仕事」について議論した。(司会は山崎良兵=日経BP・クロスメディア編集部長)
藤原和博(ふじはら・かずひろ)
教育改革実践家。1978年東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、1996年同社フェロー。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。16年~18年、奈良市立一条高校校長を務めた。主な著書に『校長先生になろう!』(日経BP)、『藤原和博の必ず食える1%の人になる方法』(東洋経済新報社)、『100万人に1人の存在になる方法 不透明な未来を生き延びるための人生戦略』(ダイヤモンド社)など。
九門 大士(くもん・たかし)
亜細亜大学アジア研究所教授。東京大学公共政策大学院非常勤講師。東京大学公共政策大学院で外国人留学生向けに英語で「日本産業論」を教える。慶應義塾大学法学部卒、米ミシガン大学公共政策大学院修了。JETRO(日本貿易振興機構)にて中国・アジアにおける人材マネジメント・企業動向のリサーチなどを担当。中国・清華大学経済管理学院にて1年間の研修。2010年にグローバル人材育成を主業務として独立。東京大学工学部特任研究員などを経て、現職に就く。主な著書に『アジアで働く』(英治出版)、『中国進出企業の人材活用と人事戦略』(ジェトロ=共著)など
九門大士(以下、九門):日本の社会にはダイバーシティ(多様性)が足りないとよく指摘されています。外国人など異質な考えを持つ人々が集まることは、イノベーションを生むきっかけにもなります。こうしたダイバーシティという観点から日本の社会や企業をどう変えていけばいいのか。中学校や高校の校長として教育に関わり、研修や講演を通じて企業にも詳しい藤原さんの考えを聞かせてください。
藤原和博(以下、藤原):日本がもっと多様性を認める社会になれば、外国人は今よりも受け入れられるようになるはずです。現状認識としては、「日本で働きたい」と願う優秀な外国人を取りこぼしていると私は思っています。
その前に大事なポイントが1つあります。これから「超」がつくネットワーク社会の時代が到来します。世界人口の半分以上に当たる50億人がスマートフォンでつながる世界です。動画などを含む様々なイメージを共有できるようになり、AI(人工知能)やロボットもそこにつながってきます。
ですからこれまでの時代とは感覚が違ってくるのは当然です。12月に発売する『革命はいつも、たった一人から始まる』という書籍にも書いたのですが、ネットワーク社会は、誰もがマスメディア化する世界です。
このような社会では、みんなの意見が似通ってくる。多様化の時代と言われている一方で、実際には、今の若い人はむしろものすごく同質化しています。日本の社会は「同調圧力」も強く、テレビのコメンテーターたちはみんな似たようなことを言うようになったと感じています。
みんなの価値観が似通ってくる
藤原:超のつくネットワーク社会では、みんなの価値観が似通ってくる“中心化”という現象が起きます。今はiPhoneでもアンドロイドでも、新製品が出るとどうしても真似られてしまう。自由な部品調達マーケットがあるからです。だからスマホのデザインはみんな似通っている。ぱっとみるとどこのメーカーの製品か分からないくらいです。
昔はクルマもメーカーごとに個性が強かったのですが、今は「つり目」のLEDライトのクルマばかり。ほとんどがそうなっているような気がするほどです。日本車だけでなく、テスラのクルマもつり目のLEDライトで、「丸目」は姿を消し、ジャガーさえもつり目になっています。事故が起きにくいなどの理由もあるのでしょうが、機能的に優れていると圧倒的にみんな真似されてしまいます。
さらに多くの人はSNSを気にして生きています。隣の芝生は青く見えるもので。ライフスタイルも似てくる。評判のいいお店を探す際には、多くの人はグーグル検索を使います。大量のデータが集積されており、AIに判断を任せれば、評価の高い店を見つけやすいからです。こうなると人間の判断さえも似通ってきます。便利なので自分で判断しなくなる。その流れに人間は抗えなくなってきています。
ダイバーシティが大事と言いながら、現実には社会がものすごく同質化しているのは皮肉なことです。コロナ禍で同調圧力が強まり、異論を口にしにくくなっているとの指摘もあります。
藤原:かつてITの巨人、米IBMなどの大型コンピューター「メインフレーム」が強い力を持った時代がありました。大企業による支配の象徴です。1984年、米アップルが、個人が武装する手段として「マッキントッシュ」を、アメリカンフットボールの「スーパーボウル」でテレビCMを流して広めました。個人の自由を守るために巨大コンピューターの「ビッグブラザー」をハンマーで破壊するような内容でした。
アップルはマッキントッシュは「個人」の武器だといった風にアピールしていました。実際、今は個人がブログを書くことで新聞社のようになれ、動画でユーチューバーが放送局になれるような時代になりました。さらに2020年代に世界の50億人がつながると、今までのような、テレビや新聞などのマスメディア対個人といった構図は崩れていくでしょう。
人間が判断の半分以上をアウトソースするような世界
藤原:テレビや新聞よりも巨大なマスメディアが誕生しつつあります。ネットワークにつながって、バラバラに寄り集まってくる。無限に。このような超がつくネットワーク化の過程で、無機物と有機物の合体も起きるでしょう。おそらく人間は、肉体的にもサイボーグと同じようになっていきます。
人間が判断の半分以上をアウトソースする世界さえも現実になりそうです。スマホが今のような形態のまま続くかどうか分かりませんが、ネットワークと人間、無機物と有機物が一体化します。私はコロナがある種の警鐘を与えたのではないかとさえ思っています。1つの場所に集まっていくと生物の絶滅は早まる。本当は寄り集まるのは危険で絶滅を早めるだけだと。
九門:50億人がスマホなどを介してネットワークにつながり、同質化、一体化が進む。そのような社会は危うさもはらんでいます。一方で、ロングテールに代表されるように、ネットワークを通じて多様なニーズに応える商品やサービスに出合いやすくもなっています。
例えば、以前、中国の東北地方で大学生と話した時に、「これから北京に行ってカザフスタンの歌手のライブに参加します」と言っていた学生がいました。それほど有名な歌手ではないようですが、やはりSNSを通じて知ったのだそうです。
また、日本の若者と話しても、写真を撮ってもらう際には、有名な写真家やスタジオにお願いするだけでなく、インスタグラムなどSNSを通じてこの人の写真の雰囲気が好きだからこの写真家に撮ってほしいというように、個人の好みにカスタマイズされたサービスや人にファンがつくようになっています。
藤原:日本企業といっても、もはや一般論としての平均や標準は意味をなしません。九門さんの本に登場するソニーやマブチモーターに加えて、ファーストリテイリングなど先端の企業は、研究開発やデザインをとっくに分散しています。楽天もインドに研究開発拠点があります。ソニーも研究開発を分散している。優れた会社とそうでない会社を分解していくと、一般論としての日本企業は、存在しなくなります。
AIやロボットが奪っていくのは「情報処理」型の仕事です。どんなに高度な仕事でも代替していくでしょう。残っていくのは人間の「判断業務」で、例えば、ほほ笑みや癒やしのような超ヒューマンケアです。保育、介護、看護などが代表例と言えるでしょう。医師の業務よりも看護の方が人間の仕事として残りそうです。
10年から20年かかるでしょうが、処理型の仕事については、AIやロボットによる代替が加速します。同じことは下の図でも言うことができます。時給800~8万円までの世界がありますが、真ん中にある3000~5000円の部分が崩れて分解されていきます。
一般的なビジネスパーソン、教員、公務員などの仕事が奪われかねない
外国人材という一般論も存在しなくなるはずです。中途半端な能力の外国人材が活躍できる場は少なくなる。多くの仕事をAIやロボットが奪っていくからです。残るのは人間がやった方が安い仕事になります。
機械にやらせるのが難しい仕事とは
藤原:AIやロボットがやるとコストが高くなる仕事は何でしょうか。例えば、コンビニエンスストアの従業員。店舗にいろいろな商品が届くと、陳列棚に並べる仕事があります。コンビニの棚に並んだ商品は手前から消費者が取っていきます。いわゆる「前出し」ですね。様々な商品があるので、ロボットにはまずできない仕事です。複合的な作業で、判断することが必要になります。
ですから人間がやった方が合理な仕事は存在し続けます。ある一定の部分は人間が担当して責任を取ってね、と。運転手はロボットでも、車掌は人間のようなイメージです。誰かがケンカしたり、酔っぱらいが暴れたりしても、ロボットが仲裁するのは難しい。人間の方が多様な想定外の事態が起きても対応できます。いい意味でいい加減に処理できるのが人間で、それを機械にやらせるのは難しい。今後も人間がやった方がいい仕事は間違いなく残ります。
外国から日本に入ってくる人も、AIやロボットでは置き換えられない、時給が安い方か高い方に行くしかありません。日本語力が高ければ、ホワイトカラーになるのかもしれませんが、これからの時代に求められる仕事をできるだけの能力を持てるかどうかが重要です。
九門:日本人でも外国人でも根本的には、自分が何者なのか、何がやりたくてどうありたいかを、昔以上にちゃんと考えないと生き残れず、意味のある仕事もしにくくなる。そんな時代がやってきます。自分のあり方やAIができないことをいろいろ考えることが大事で、それを深めないと自分がやりがいを感じて社会的な価値を出せる仕事に就けないことを肝に銘ずる必要があります。
30万人を突破した日本で学ぶ外国人留学生!
だが日本を愛する外国人材を活かしている企業は少ない。
日本企業にはどんな課題がありどう変革すればいいのか?
東大などで学ぶエリート留学生の本音から処方箋を探る!
<本書の主な内容>
・30万人の外国人留学生を活かすために何が必要なのか
・東大などの難関大学で学ぶエリート留学生の本音
・日本企業の外国人採用と育成にはどんな課題があるのか
・ポストコロナ時代に異なる才能を持つ多様な人材が力を発揮できるような組織のあり方
・ソニー、日立など外国人を活かす先進企業の取り組み
など
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