「恋することがお好きか?」という問いの答えは

高樹:もちろん性的なことばかりではなく、男女の機微、もっと言えば人の情の深さというものを。女を信じることのできる男というのは幸せだというのが持論です。ですから業平も女を信じて生涯を閉じるというラストにしたかった。その第一歩として西の京の女はとても重要な存在なのです。

上野:私は思わず少年から大人へと成長する通過儀礼を描いた『おもいでの夏』という米国映画が、切ないメロディーとともに思い浮かんで……。何が言いたいのかというと『小説伊勢物語』はおしゃれだということなんです。ちょっとした食事のシーンにしても、「誰が通ひ路」という章に……。

高樹:小悪魔的な五条の方との恋物語ですね。業平はさんざん心を揺さぶられ、嫉妬心を覚えたり、切ない思いをさせられたりするのですけれど。

上野:私が着目したのは他の男がちらつくことに嫉妬心を覚えた業平が五条の方に「恋することがお好きか?」と問う場面。これに対して五条の方は「はい、他のなにより、甘葛の氷水で頂く水飯より、好きでございます」と答えます。

高樹:分かる人には分かることだろうという、ちょっとした遊び心を取り入れてみました。

上野:いや本当にこれ、高樹さんは油断も隙もないと感服しました。甘葛といったら作るのに50人も60人もの人が10日間働いてやっとできるという高級な甘味料ですよ。そして氷水は氷室を作って冬の間に氷を保存して夏に取り出すという、これまた高い地位の人しか食べられない代物ですよね。それよりも恋が好きだと五条の方がアッケラカンと言うのを聞いて、ますます嫉妬心をあおられる業平の巻。こうした粋な演出が随所にちりばめられていてたまりませんねぇ。新書に続き、次は小説に出てくる恋の小道具を紹介するムック本を出版すべきだと僕は思いました。

高樹:いいですねぇ。さまざまな色の植物や、植物で染めた衣なども出てきますので、ぜひ、実現したいです。

上野:とにかく読むたびに新たな発見がある。1度目はストーリーを追い、2度目はディテールを味わうという読み方をお勧めしたいと思います。

高樹:ありがたいお言葉です。

上野:伊勢物語は江戸時代までは恋の教科書として読まれていました。というのも人間教育の中心が、日本の古典教育では恋なんですよ。

高樹:面白いですよね、日本人って。万葉集にしても、題材は「恋」と「食べること」と「飲むこと」と「花見」や「月見」でしょう? 悦楽主義というか、理屈はどうでもよくて非常に感覚的なんですよね。

上野:自分だけが恋を楽しむというのではなく、周囲のみんなも恋の輪の中に引き入れて楽しさを分け与えるというのが、おそらく「雅」な行為なのだと思うのです。つまり自分だけよければいいとガツガツしない。業平のスマートな生き様、そして生き方のベースにある上品さというものを高樹さんは描き切ったと思います。

高樹:千年という時間を思えば、人の一生なんてあっという間に終わってしまいます。些末(さまつ)なことに一喜一憂せず、広い視野を持って自分と向き合い、人と関わり合い、焦らず、おごらず、いら立たず。そうした雅な生き方について思いをはせていただけたらうれしいです。

 新型コロナウイルス感染症対策による自粛期間中の5月13日に発売された高樹のぶ子さんの最新作『小説伊勢物語 業平』(日本経済新聞出版)が大きな話題を呼んでいます。本離れと言われる中、458ページという大作であるにもかかわらず、重版の勢いが止まりません。

 恋愛の指南書としてのみならず、生き方や人間関係、死生観を学べる教育書としての評価も高く、今年の夏には東京の開成中学でテキストとして活用されました。

 また、10月27日には、もっと理解を深めたいと望む多くの読者からのオファーを受けて新書『伊勢物語 在原業平 恋と誠』(高樹のぶ子著・日経BP 日経プレミアシリーズ)が刊行され、こちらもたちまち重版がかかるなど、ますます注目度が高まりそうです。

<span class="fontBold"><span class="fontSizeM">(左)『小説伊勢物語 業平』</span><br>高樹のぶ子著<br>日本経済新聞出版 2200円(税別)</span><br>恋愛小説の名手・高樹のぶ子が手がけた在原業平の生涯<br><br><span class="fontBold"><span class="fontSizeM">(右)『伊勢物語 在原業平 恋と誠』</span><br>高樹のぶ子著<br>日経プレミアシリーズ 850円(税別)</span><br>女が信じ、男が頼る業平の人間力を解き明かす
(左)『小説伊勢物語 業平』
高樹のぶ子著
日本経済新聞出版 2200円(税別)

恋愛小説の名手・高樹のぶ子が手がけた在原業平の生涯

(右)『伊勢物語 在原業平 恋と誠』
高樹のぶ子著
日経プレミアシリーズ 850円(税別)

女が信じ、男が頼る業平の人間力を解き明かす

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