難解とされた物語を中学生も読めるように

高樹:うふふ。私にとって伊勢物語の小説化は奇跡的に残されていた宝の山であり、これに取り組むことが小説家としての自分の使命だという気がしたことも確かです。誰もが「伊勢物語」というタイトルや、歌物語だということも知ってます。「むかし、男ありけり」という書き出しで始まることや、その男が在原業平であろうということも。でも結局のところ、「在原業平は光源氏のモデルなのでしょう?」「好色一代男って業平のことなのでしょう?」ということ止まり。あるいは「初冠」とか「西の対」とか「芥河」とか、断片的にしか知らない。多くの人にとって伊勢物語は、読み解くのが難解だという先入観が邪魔をして、気になるけれど読む気にならないとか、途中でギブアップしてしまう文学という位置づけだったのではないでしょうか。小説家であるところの私としては、そのボトルネックを解消することが大きな課題でした。

上野:「やられた!」というのが私の読後感で。悔しいけれど、これは史実に忠実でなければいけない古典学者には決してできないことなんですよ。伊勢物語が書かれたとされる千年前は、まだ日本の散文がそれほど発達していないので短くしか書けなかったのです。そのことによって一つひとつの話が完結してしまっていて、それをどう読み解くのか――。つまり、どれが業平の話なのかを選別するのは容易ではないし、仮に業平の話だと想定したとしても「いつ」「どこで」がはっきりしない。そこを高樹さんは豊かな想像力で鮮やかにつないでいくという。ここでこの歌が来るか、この歌の意味をこう解釈したのかという「驚き」と「発見」の連続でした。もちろん高樹さんは小説家なのですが、伊勢物語に関しては編集者の役割を果たされたなと。

高樹:言われてみれば。

上野:そのことによって物語がきちんと整理され、中学生でも読めるようになりました。この功績は大きい。小説から入って古典へ進んでいくという新たなルートが開拓されたわけで。

業平プレイボーイ説を塗り替えたかった

高樹:書き進めていくうちに、千年前の男が近代小説の要素を備えていくのを感じました。

 高貴な生まれで、ハンサムで、歌の名手でと恵まれたパーフェクトな男とされている業平も、実は生い立ちに関する憂いや、社会、組織、権力とどう向き合うかという迷い、対人関係における惑いといった思うに任せぬ問題を抱えている。この普遍的な苦悩を色濃く描くことで現代人の心にも響く作品にしたいと考えたのです。そうでなければ、単に短編の順序を入れ替えただけの解説本になってしまいますから。

上野:なるほど。業平の生涯を小説化するとなると、次から次へと女を変えるというだけの物語になってしまいがちですが、そうではないというところに私は共鳴しました。

高樹:むしろ私は在原業平はプレイボーイだという説を塗り替えたかった。業平は「教養」より「情」が勝り、「作り上げる才」より「思いを吐露する才」にたけた人。柔らかな心の持ち主だったからこそ、どんな女性の中にも素晴らしさを見つけ、惜しみなく愛を注いだのです。それは好色なのではなく、人間力のたまものであると私は捉え、物語を書き進めていきました。

(後編に続く)

恋愛小説の名手・高樹のぶ子が手がけた在原業平の生涯

『小説伊勢物語 業平』
高樹のぶ子著
日本経済新聞出版 2200円(税別)

 新型コロナウイルス感染症対策による自粛中の5月13日に発売された高樹のぶ子さんの最新作。本離れと言われる中、484ぺージという大作であるにもかかわらず話題を呼び、重版の勢いが続くヒット作に。

 恋愛の指南書としてのみならず、生き方や人間関係、死生観を学べる教育書としての評価も高く、今年の夏には東京の開成中学でテキストとして活用された。



女が信じ、男が頼る業平の人間力を解き明かす

『伊勢物語 在原業平 恋と誠』
高樹のぶ子著
日経プレミアシリーズ 850円(税別)

 10月27日には、もっと理解を深めたいと望む多くの読者からのオファーを受けて、『業平』を読み深めるための新書が刊行された。発売後、たちまち重版がかかるなど、多くの注目を集めている。

■訂正履歴
当初『伊勢物語 在原業平 恋と誠』の出版社を日本プレミアシリーズと表記していました。正しくは日経プレミアシリーズです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2020/11/30 17:30]

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