伊藤祐靖氏は、「従順ならざる自衛官」として波瀾万丈(はらんばんじょう)の前半生を送った。1999年に能登半島沖で北朝鮮の工作船を追跡し、2001年には自衛隊で初めてとなる特殊部隊、海上自衛隊・特別警備隊の創設を主導、初代先任小隊長に就任した。07年に退官し、現在は私塾を開いて現役自衛官などを指導している。そのかたわら執筆活動に取り組んでおり、自身を主人公のモデルにした小説『邦人奪還』(新潮社)を発売した。根っからの現場指揮官である伊藤氏の言葉は、ビジネスパーソンが危機を乗り切るためのヒントにあふれる。その哲学を聞いた。

(聞き手は日経ビジネス記者、吉野次郎)

黙ってルールに従う人を軽蔑する『邦人奪還』の主人公、藤井義貴3佐は伊藤さんの分身ですよね。

伊藤祐靖氏(以下、伊藤):私はルールを絶対視する人を軽蔑しているわけではありません。ルールに従うことは大切です。ただし非常時は異なります。平時に作られたルールに従っていたら、目的を達成できない状況が非常時です。それでも平時のルールを守ろうとする人は、頭がぶっ壊れているのではないかと思う。非常時は職務権限を与えられている人物が、状況に合った新しい規則を作るべきです。

 敵兵と対峙しているときに、自衛隊法の何条で禁じられているから対抗できないなどとびびっている上官は、物事を決断する立場にいてはいけません。

伊藤祐靖(いとう・すけやす)
1964年、東京都に生まれ。日本体育大学を卒業し、海上自衛隊に入隊。防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長、護衛艦「みょうこう」航海長、特殊部隊「特別警備隊」先任小隊長などを歴任。2007年に2等海佐で退官。フィリピンのミンダナオ島で自らの技術を磨き直し、現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では警備会社などのアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官らを指導している。

赤信号を守るか、命を救うかで迷う?

産業界でも、かつて日商岩井(現・双日)の米駐在員が会社の金で勝手に創業当時の米ナイキ(当時の社名はブルーリボンスポーツ)を倒産から救うなど、内規を無視した現場の判断でピンチを乗り切ったという「美談」が存在します。けれども平時のルールを非常時に破っていいとなると、現場が混乱して収拾がつかなくなる恐れはありませんか?

伊藤:そうした無秩序な状態に陥らないためにも、ルールを作ったときの精神に立ち返ってしっかりと判断する必要があります。目的を達成するためなら、ルールがどのように障害となっており、無視していいかどうかを見極めるわけです。何でもかんでも無視すればいいわけではありません。非常時に対応できるよう、日ごろから訓練を通じてルールに縛られることなく行動する習慣を身に付けねばなりません。

 例えば瀕死(ひんし)の重傷者をクルマに乗せて運転していたとしましょう。信号を無視してまで一刻も早く病院に到着しなければならないとき、赤信号に従うべきでしょうか。「赤信号で止まる」というルールが作られたのは、交通事故を起こさせないためでしょう? 右を見て左を見て、ほかのクルマが通る様子がなく、事故を起こさないとの確信があれば救命を優先し、自己責任において赤信号を無視すべきではないでしょうか。その結果、後から罰せられるのなら、罰せられればよい。

非常時に仕事を任せられる適性を持つのはどのような人だと思いますか?

続きを読む 2/4 部下に命を捨てさせるマナー

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