本質が分かっている人と、そうでない人の違いは明瞭

本質を見極めている記事や、経営者はいますか?

楠木:繰り返しになりますが、予測は誰にもできないものです。誰でも外す、といった方が正しい。ただ、本質が分かっている人と、そうでない人の違いは明瞭です。

 何か起こったときに、「いつか見た風景」という引き出しがあるかどうかが、その証しの1つだと思います。そういう経営者は、自分がそう見立てている理由が明確なはずです。

 本書に登場するサイゼリヤの堀埜一成(ほりの・いっせい)社長は、本質を見極めている経営者の1人だと思います。同時代のノイズとして「キャッシュレス決済」の話が入ってきたとき、瞬時に、店のオペレーション、什器、来客時間、性別などが変わっていく、ということがすべて読み取れている。その上で、すぐには導入しない、と決断しています。ある程度、普及してからで十分だと。その理由も明確です。引き出しがない経営者だと、「時代がキャッシレス」というノイズに翻弄されて、無駄な投資をしてしまう、といったことも考えられます。

逆に言うと、経営判断のためには、引き出しを増やしておくことは不可欠?

楠木:1つの方法論としては有効だと思います。もちろん、それでも100%正確な判断が保証されるわけではありません。歴史を見れば、大きな錯誤、派手な錯誤はたくさんあります。本書にも登場しますが、自動車業界でまことしやかに「400万台クラブ」という言葉がささやかれ、業界各社が躍起になって、それを目指し合従連衡を繰り返した、という歴史もあります。あとから振り返れば笑い話ですが、歴史を動かしたことは事実です。あれがなかったらカルロス・ゴーン氏だって日本に来なかったかもしれない(笑)。

 ビジネスについて勉強しましょう、というと、眉間にしわを寄せて読むような記事や教材が多いのです。しかし、何回も言いますが、面白がりながら本質を学べるのが、逆・タイムマシン経営論の優れた点だと自負しています。この本を執筆しながら、人と人の世の中の面白さを改めて感じました。

本質をくみ取るためには、知的パワーがいるような気もしますが?

楠木:本来はそうなのですが、過去の記事を題材にしている時点で、2つの意味で、本質論を強制されることがポイントです。1つは、過去の歴史的な事実であれば、今から見て「あきらかに変」というのが一目瞭然なこと。もう1つは、「同時代のノイズ」のキャンセリングです。同時代のノイズや空気に流されることなく、ニュートラルな視点に立つことができます。その結果、本質、ロジックが自然に見えてくる。

 1990年代にあった「自動車メーカーは400万台以上の規模がないと生き残れない」という「400万台クラブ」の記事だって、今読めば誰もが「なんで?」と思う。今、イーロン・マスク氏とテスラの記事を読んでロジックを組み立てろ、というのと違い、過去の事例は、万人がアプローチしやすいのです。

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