日本人は農耕民族だからという奇妙な議論

我々が日本の文化、と簡単に済ませてしまっていることも疑ってかかる必要がある?

楠木:そうですね。典型的な例としては「日本人は農耕民族だから」という話が挙げられます。終身雇用、年功序列、日本の雇用慣行──こうしたことを何でも「農耕⺠族だから」という日本古来の文化として説明してしまう。

 20世紀前半、第1次世界大戦後あたりには、日本のメディアが「米国に学べ」と叫んでいました。「日本の産業界は雇用の流動性が高すぎる。みなが目先のもうけしか考えていない。財閥経済で金融を中心に動いている。産業の技術蓄積が起きない」。だから「学ぶべきは、米国」と言っていたのです。

 米国では、大きな産業が育ち、大企業が登場している。それは、なぜか? 理由は、会社が家族だから。従業員が長期間にわたり勤め上げて、会社に対する忠誠心が高い。これは、デトロイトの自動車産業が例でした。そういう主張がメディアには多く出ていた。当時最先端の成長産業です。会社や仕事への忠誠心こそが、産業育成の要諦である。それに比べると今の日本はダメだ、といった議論がされていました。

今から振り返ると本当に面白いですね。第2次世界大戦を挟んで、その後の歴史を見ると、正反対のようにも思えます。

楠木:例えば、「長幼の序を尊ぶ」といったことは、我々日本人の中に脈々と受け継がれている一種の文化としてはあるのだと思います。ただ、ビジネスに関しては、「日本の文化」として片づけられていることの7〜8割は、単純にその時代への選択的な適応だったのではないか、と思います。

 年功序列、大量採用といったシステムは、文化ではなく、高度経済成長期に最適化された仕組みだったというのが、冷静な見方なのではないでしょうか。終身での雇用を保証し、しかも在職が長ければ長いほど給与が厚くなるという仕組みは、論理的には破綻しています。

 しかし、右肩上がりの高度経済成長期においては、この「超論理的ウルトラC」の経営施策が合理的に機能しました。年次で処遇が決まるのは、組織の中では、とても透明かつオープンで納得が形成しやすい。しかも評価は大変な経営コストがかかる。これを一気にゼロに近づけたわけで、当時の状況を考えると最適解だったと思います。ただし、これは当時の日本の大企業の環境適応的な選択だったわけで、決して「農耕民族」といったような日本の文化ではありません。

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