国際化とは、「自分と異なるスキーマ」を知ること

 ネイティブのような発音で英語を流暢に話すことに憧れる人は多いと思います。けれど、社会に出て英語を使うときに、ネイティブ並みの発音や流暢さは、さほど重要ではありません。国際的な学会において、英語の発音で発表に対する評価が変わることはありませんし、それはビジネスや外交の場面でも同様でしょう。世界各国の人たちが、それぞれの「お国なまりの英語」でコミュニケーションを交わす今日、何よりも大事なのは、英語を使って話す内容と論理性。次いで語彙や文法の適切な運用でしょう。

 第2言語を学ぶ目的は、中身の乏しい内容を流暢に話せるようになることではありません。自分の母語のスキーマが規定する世界が「世界のすべてではない」と知り、他者、他文化の人の考えを考慮しながら自分の主張を論理的に、的確に伝えることにあると思います。それを理解する人こそが、国際人ではないでしょうか。外国語を学ぶということは、新たな「思考の枠組み」を、手に入れることでもあります。この視点が都教委の「ESAT-J」導入の決定には、まったく欠落しています。

タブレットに話しかけて、成功体験が得られるか?

 都立高校入試にスピーキングテストを導入する意義、理由について、東京都の浜佳葉子教育長は、東京新聞のインタビューに「文法通りでなくても通じた、という成功体験や実感を持ってほしい」と語っています(詳細は、こちら。しかし、「ESAT-J」においては、「文法などのミス」はただ減点されるだけです。確かに、「英語を話して、通じた」という成功体験や実感を持つのはいいことですが、タブレットに向かって音声を吹き込むことが成功体験や実感につながるでしょうか。

 もちろん、成功体験を得るにはスピーキング力を伸ばす必要がありますが、それすら、スピーキングテストを都立高校入試に導入する理由にはなりえません。「選抜のためのテスト」にスピーキングを導入しても、スピーキング力が伸びることは期待できません。なぜなら、選抜のためのテストには、指導のためのフィードバックが基本的にないからです。スピーキング力を本当に伸ばしたいなら、授業のなかに「指導のためのスピーキングテスト」を取り入れるほうが効果的でしょう。それは、先生たちが、子どもたちのスピーキングをつぶさに観察して、きめこまかに課題を指摘し、課題克服のための指導をする、ということです。その手間を省いて、「選抜のためのスピーキングテスト」でスピーキング力を上げようというなら、乱暴な話です。

 「ESAT-J」には、多大なコストがかかります。受験生は、他教科の勉強に充てられるはずの勉強の時間を「ESAT-J」対策に使わなければならず、そのための塾代の出費をやむなしと考える保護者も多くいるでしょう。もちろん、ベネッセに支払われるテスト実施の対価は、東京都の納税者が負担するものです。コストは高く、犠牲は大きく、教育的なゲインはほとんど期待できません。都教委にもベネッセにも、「テストの意味」を一から学び直し、考え直してほしいと思います。

 私は、「ESAT-J」を都立高校の入試の要件にすることは今すぐ中止すべきだと考えます。

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