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人間の価値が認められたのが、20世紀だったと。

三橋:本当にそうなのです。それまで労働者は工場の歯車の1つだったのが、きちんと人として見ようという価値に変わったのです。

 そして21世紀の今、新型コロナウイルスの感染拡大の局面において、命優先で経済を止めたではないですか。昔は感染症がはやっても、ここまで徹底して経済を止めなかったようです。ですから、以前ならパンデミックがあっても経済が大打撃を受けなかったのが、今は大打撃を受けている。その背景の1つは、人の命の価値が上がったからというのがある。死なせてはいけない、と。

 ですから、20世紀は、人の命とか、人生の価値が上がった世紀だったと思うのです。

確かに21世紀の現在、SDGs(持続可能な開発目標)、ESG(環境・社会・統治)投資が強調されて、一つの大きなムーブメントが生まれ、加速しているように感じます。こうした流れは、後世に歴史的転換点と呼ばれる変化なのかもしれません。

 しかし、このような「人間中心」とも呼べる流れに対し、科学知に傾倒している「世界標準の経営学」は、逆行していませんか?

「○○の論文によると」を信じていいのか?

三橋:相対的に人文知の価値が下がっているかどうかは分かりませんが、科学知の価値を高く見る傾向はあるのかなとは思います。例えば、今回のパンデミックをめぐる議論を見ると、専門家の発言がどうだ、と皆が話題にしています。

 しかし専門家は、様々な仮定に基づいて話しているので、それを引用する人たちは、そもそもの因果関係すらよく分からずに話しているケースも多々あると思うのです。それでも「○○の論文によると」と誰かが言えば「そうなんですね」と皆が納得してしまう。

 しかし、論文ってそもそもいろいろな間違いも含むものでして、論文1本で断定できる内容は極めて少ない。専門家100人のうち100人が賛同していたら、多分そうかな、くらいの話なのですよ。