三橋教授は、修士号、博士号は産業労働関係。これは、どのような学問なのですか。

三橋:私がいた米コーネル大学の「産業労働関係学校(School of Industrial and Labor Relations)」 は、もともとは労働者の福祉をどう高めるかという研究のために設立されたのです。以前米国では、労働組合の存在が大きく、様々な問題を抱えていたからです。

 コーネル産業労働関係学校の隣にはビジネススクールがあるのですが、考え方もカルチャーも全く違っていました。簡単に言うと、ビジネススクールの教授は皆スーツを着ていて、僕たちはみんなTシャツで短パン。

労働者の格好をしていると。

三橋:そんな環境の中で学ぶ「産業労働関係」という学問の中に「組織行動」という分野が古くからあり、労働者の理解を目指し、心理学的なアプローチで研究が始まりました。フレデリック・テイラーによる科学的管理のブームが1910年代に起こり、その後、エルトン・メイヨーという研究者がホーソン実験というものをしました。

有名な実験ですね。

人類が「モチベーション」を発見した瞬間

三橋:1920年代を中心に実施された研究ですが、ホーソンというシカゴ近郊の町で、大きな工場を借りて一大実験をしたのです。例えば、工場の労働者が眠れないとどれだけ生産量が落ちるのかとか、照明を暗くするとどれくらい生産量が落ちるのか、といったことを調べたのですね。

 ところが、照明を暗くしても、睡眠不足でも、全然生産量が落ちなかったのです。「寝ないで」と言って寝させなくても生産性が落ちない。これはおかしい、と。調べてみると、労働者たちには、特別なプロジェクトに呼ばれた私たちはすごいんだ、というプライドがあって、頑張ったという。

 そこで初めて、人間は働く上でやる気が必要だと分かったわけですね。要するに、当時はまだモチベーションという概念がなかったのが、このときに初めて、そのようなものが労働者の心の中に存在すると分かった。

 しかし、既に20世紀に入っていた当時まで、働くためにはやる気が必要だと分からなかったというのもびっくりですね。やはり、それまで人は動物というか、働く機械のように見られていたのでしょうね。

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