三橋:T字でいうところの、教養のヨコ棒、専門性のタテ棒。若い人は、先にヨコを描くべきなのか、タテを描くべきなのか。
面白いことに、これにもアカデミックな研究がありまして、若い人はタテから先に描くべきだというのですよ。
先に専門知識を学んだほうがいいのですか。
教養課程は後回しがよい
三橋:その研究結果によれば、そうなのです。若いときはどんどん専門分野を、タテに深く掘っていくのがよい。むしろ年を取って、もうこれ以上タテに深くやっても限界効用(経済学の用語で「1つの追加の消費で得られる追加の満足度」を示す)があまり期待できなくなったようなときに、ヨコをやるといいという話なのです(注1)。
最初に教養、そして専門、だと思っていました。意外です。
三橋:とはいえ、その研究が本当に正しいかどうかは分かりませんから、うのみにしないほうがいいとは思います。
要点は恐らく、タテの棒とヨコの棒を考えて、その時々に合わせてどちらを深掘りしていくかを考えないと、キャリアがうまく形成されにくくなってしまうということでしょう。
伸びない業界にいる人こそ、教養が必要
それからともう1つ、タテとヨコのどちらを学ぶのがいいかは、自分がいる業界、業種などによるという研究があります。
成長が止まっていて、停滞している業界や業種、分野に所属する場合、実はヨコ棒の広い人のほうが強いと。
なぜかと言えば、自力ではもう伸びない分野だから、よそから何かを持ってこないともう伸びないでしょうと。ですから、T字のヨコがあるほうが強くなると。
停滞している業界にあって、他の成長分野の知見を持ち込むヨコ軸の感覚がないと、ますますじり貧になる。感覚的にも分かりますね。
三橋:一方で、とても成長している業界などでは、どんどん深く掘っていけるので、T字のタテのある人が強いというのです。これは、旧ソビエト連邦崩壊後の、理論数学分野の研究があります。崩壊後にそれまで秘されていたソビエト数学が一気に全世界にあふれ出し、ある特定分野の知の進化スピードが高まったそうです。このような分野では、タテ棒が長い研究者の業績が上がったそうです(注2)。やはり、このような研究は物理や数学のデータを使ったほうが、社会科学のデータを使うよりも安定しています。
言葉もいらないし。しかし、そういう意味で、現在の経営学は、どうなのでしょうか。現状では科学知が優勢ですが、前回の最後に三橋教授が指摘されていたように、人文知の勉強を通してでなければ発達しない思考力のようなものがあるかもしれません。
日本の経営学者で世界的に実績を認められている第一人者といえばまず、一橋大学の野中郁次郎名誉教授でしょう。その野中教授が提唱した「知識創造理論」は、マイケル・ポランニーの暗黙知、という哲学的な概念から思考を展開されていて、野中教授自身も哲学をやらなきゃね、とおっしゃっていました。
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