30万人を突破した日本で学ぶ外国人留学生。アニメやマンガなど日本のポップカルチャーに関心を持ち、日本が大好きな人も多い。卒業後に日本企業で働くことを希望する留学生も多いが、就職活動がうまくいかなかったり、就職できたとしても短期間で辞めたりする場合が少なくない。
そんな外国人留学生たちの実態に迫ったのが、新刊『日本を愛する外国人がなぜ日本企業で活躍できないのか? 外国人エリート留学生の知られざる本音』だ。著者である九門大士氏は、東京大学公共政策大学院の外国人留学生向けの英語コースで教えており、亜細亜大学の教授として外国人留学生について研究を続けている。
日本で学ぶ外国人のエリート留学生の知られざる本音、日本企業の外国人雇用の実態と、どんな課題があり、どのような変革が求められているのかに迫るシリーズの3回目。今回は多数の外国人留学生が学ぶ立命館アジア太平洋大学(APU)の学長で、『ここにしかない大学 APU学長日記』の著者でもある出口治明氏と九門氏の対談の1回目をお届けする。
(司会は山崎良兵=日経BP・クロスメディア編集部長)
出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。1972年、京都大学法学部卒業後、日本生命入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画(株)を設立し、代表取締役社長に就任。2008年、ライフネット生命に社名を変更して開業。2012年上場。10年間社長、会長を務める。2018年1月より現職
九門 大士 (くもん・たかし)
亜細亜大学アジア研究所教授。東京大学公共政策大学院非常勤講師。東京大学公共政策大学院で外国人留学生向けに英語で「日本産業論」を教える。慶應義塾大学法学部卒、米ミシガン大学公共政策大学院修了。JETRO(日本貿易振興機構)にて中国・アジアにおける人材マネジメント・企業動向のリサーチなどを担当。中国・清華大学経済管理学院にて1年間の研修。2010年にグローバル人材育成を主業務として独立。東京大学工学部特任研究員などを経て、現職に就く。主な著書に『アジアで働く』(英治出版)、『中国進出企業の人材活用と人事戦略』(ジェトロ=共著)など
今回は30万人を突破した外国人留学生を日本はどう活かせばいいのかというテーマで、外国人留学生が多い立命館アジア太平洋大学の出口治明学長と、『日本を愛する外国人がなぜ日本企業で活躍できないのか?』の著者である亜細亜大学の九門大士教授に対談いただきます。最初のテーマがダイバーシティ(多様性)とイノベーションの関係です。
九門大士(以下、九門):最近、日本からなかなかイノベーションが生まれないと言われています。革新を生むカギとなるのはダイバーシティで、日本に留学する外国人を、日本の企業はもっと積極的に活かすべきだと私は考えています。ダイバーシティとイノベーションの関係を、出口さんはどう考えていらっしゃるのでしょうか。
出口治明(以下、出口):イノベーションにはいろいろな定義があります。オーストリア出身の経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターによるとイノベーションは「いろいろな既存の知識を新しく組み合わせたもの」で、多くの学者が同様の指摘をしています。既存知の組み合わせであり、既存知の間に距離がある方が、よりユニークで革新的な技術やビジネスが生まれる可能性が高いという経験則があります。
これは「似たもの同士ではたいしたアイデアがでない」と言い換えることもできます。私たちも日ごろから感じていることではないでしょうか。イノベーションが既存知の組み合わせで、既存知の距離が遠いということは、すなわちダイバーシティです。ダイバーシティが求められているのは、誰でも納得できます。
2019年のラグビーワールドカップでは、日本代表が「ONE TEAM(ワンチーム)」を掲げてベスト8に入りました。私自身も本当にうれしくて燃えました。しかし「(日本だけにルーツを持つ)“純粋な日本人”だけでワンチームを作ったらベスト8に入れたと思いますか」とみなさんに聞いても、誰一人手を挙げません。
混ぜると強くなる──。それはサッカーでもプロ野球でも大相撲でも同じでしょう。では、ビジネスの世界ではどうなのか。ビジネスの基本もダイバーシティであり、混ぜないといけない。スポーツ界ではこれだけ混ぜるのが当たり前になっており、海外に活躍の場を求める日本人選手も多いのに、なぜビジネス界では「混ぜる」がなかなか進まないのか、という問題を日本は抱えています。
答えは簡単で、現状認識能力が乏しいからです。これはメディアにも責任があります。「日本はGDP(国内総生産)で中国には負けたが、今でも世界第3位だ」。こういう話が広くいきわたっています。
本当にそうなのか。例えば、購買力平価ベースで見た1人当たりGDPランキング(2019年)を見てみましょう。アメリカが10位で約6万5000ドル、ドイツが19位で約5万6000ドル、日本が33位で約4万3000ドルです。スイスのビジネススクールIMDの国際競争力ランキング(2020)を見ても、日本は34位にすぎません。
1人当たりGDPが33位というのは、米国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア、日本で構成されるG7の中で最下位です。労働生産性が1970年以降、半世紀連続して最下位というのとぴったり符合していて、データはうそをつかないと思います。
日本の約4万3000ドルは34位の韓国とほぼ同じ。シンガポール(約10万1000ドル)やマカオ(約12万9000ドル)、香港(約6万2000ドル)よりもはるかに低いのです。アジアの中でもトップ5に入れないのです。
正しい現状認識が欠けているから危機感がない
九門:衝撃的なデータですね。それでも日本ではあまり話題になっていません。むしろ自分たちは世界トップクラスの先進国で豊かな国だと思っている人が今でも多いように思います。
出口:絶対水準で見ると日本は貧しい国です。僕はそんなに多くは望みませんが、かわいい孫が2人います。ですから、せめてG7で真ん中あたり、アジアでもトップ5には入ってほしいと思います。
今、日本がどのようなステータスにあるのか。正しい現状認識が欠けているから危機感が生まれないのです。世界の名目GDPに占める日本のシェアは急激に落ちています。1990年代半ばには2割弱ありましたが、2018年には5.7%と、半分どころか3分の1以下になりました。IMDの国際競争力ランキングでは1位から34位にまで転落しました。
平成元年(1989年)の世界の株式時価総額ランキングでは、トップ20社のうち14社が日本企業でした。今はゼロで、日本企業でトップのトヨタ自動車ですら46位です。この調子ではトヨタも50位以下に落ちるでしょう。平成元年から現在までの約30年の変化を見ると、GDPのシェアが激減し、国際競争力は1位から34位になり、世界の時価総額ランキング上位50社に1社しか入っていない。こうした現状を直視しないと何も始まりません。
九門:なぜ日本の国際競争力はここまで凋落してしまったのでしょうか。
出口:原因分析もあいまいなままです。「デフレがすべての原因である」という人がいます。(安倍政権は)日本銀行がインフレ(物価上昇)率が2%になるまで、無制限に金融緩和を実施するといった政策を取りました。
この結果どうなったのかは一目瞭然です。何よりも象徴的なのは、旗をふった浜田宏一・イエール大学名誉教授(元内閣官房参与)が転向したことです。現在ではMMT(現代貨幣理論)を借用して、とにかく物価上昇率が2%に達するまで財政出動をすればいいといった考え方に変容しています。
しかしデフレが諸悪の根源という考え方は本当に正しいのでしょうか。僕は経済学を勉強したことがない素人ですが、歴史を見ると、発展する社会や国には新しい産業が相次いで生まれています。この30年間で日本の企業を押しのけたのはGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)やBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)、その予備軍であるユニコーンです。
今後も優秀な外国人が日本に来てくれるという「幻想」
出口:世界には企業としての評価額が10億ドル(約1100億円)を上回る400以上のユニコーン(未上場の新興企業)があるといわれています。その中で日本の企業の数は1ケタにすぎません。どう計算しても3社から8社程度で、これではダメです。日本には新しい産業が生まれない。今の状況を素直にデータで見る必要があります。数字・ファクト・ロジックでエビデンスを見ないと、どうしても現状認識に甘さが出ます。
日本には「ものづくり神話」があります。もちろん日本の製造業は「国の宝」です。それでも日本のGDPに占める製造業の比率は2割で、この数字は一貫して下がり続けています。雇用は16%台。このファクトを見て、「日本はものづくりの国でいい」というのは信じられません。
日本の経済を発展させるには、新しいサービス産業をつくっていく以外に道はありません。だから日本が置かれている現状と、なぜこうなっているのかをファクトに基づいてきちんと検証したうえで、打ち手を考えて実行する必要があります。
九門:ファクト=事実をベースに意識を変えていく。それがなかなか進まないのが残念だと私も思います。留学生の話をすると、優秀な外国人材が日本に来てくれる状況が今後も続くと、多くの人が思い込んでいるようです。
出口:それは完全な間違いで、「幻想」だと思っています。立命館アジア太平洋大学(APU)の学生は約6000人ですが、その半分の約3000人が90の国や地域から来ています。学生数が100人以上いるのは、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、タイ、バングラデシュの6カ国(順不同)です。
しかしAPUの留学生の成績におけるトップ100人のデータを見ると、最近は中国や韓国の学生はほとんど入りません。この理由は明確で、韓国は1人当たりGDPが日本とほぼ同じです。中国はまだ日本の半分以下で1万6000~7000ドルですが、人口が多いので、日本の平均よりもはるかに収入が高い家庭がたくさんあります。つまり韓国や中国の最優秀層の学生はアメリカやヨーロッパに留学できるのです。
それでもAPUがなぜこれだけ多くの留学生を世界から集められるのかというと、世界の大学における“ミシュランの三ツ星”を3つ持っているからです。まず経営管理研究科(GSM)は、大学院レベルのマネジメント教育の国際的な認証評価機関であるAssociation of MBAs (AMBA)より、世界でも最高水準のMBA教育を提供する教育機関として認証を取得。GSMと国際経営学部(APM)は、マネジメント教育の国際的な認証評価機関であるAACSB Internationalからも認証を取得しています。そして、アジア太平洋学部の観光学クラスターは、国連世界観光機関(UNWTO)よりTedQualという観光学教育に関する国際認証を取得しています。さらに「THE(タイムズ・ハイヤー・エデュケーション) 世界大学ランキング」では、3年連続で私立大学として西日本で1位、全国で5位に入っています。
ワクワク・ドキドキする国でないと世界の頭脳は集まらない
九門:世界各国・地域で、海外に留学しようとする学生が大学を選ぶ際に、評価の基準となる指標を重視している。それがAPUの競争力につながっているようですね。
出口:アジアの優秀校のトップクラスの学生は、国内の大学を目指さずに、世界的な評価が高いアメリカやヨーロッパの大学に入学しようとします。米国の有名大学の年間の学費は5万ドル(約550万円)、6万ドル(約660万円)程度と高額で、親がお金を出すのは大変です。そこで他の国の大学を探し始める。
大学界における“ミシュランの三ツ星”がないと大学を選びにくい。世界に2万5000あるとされる大学などの高等教育機関を高校生や親はすべてチェックできません。どこかで良い教育を受けようと考える時、頼りになるのは国際的な評価(“ミシュランの三ツ星”)です。それを獲得していくのがAPUの戦略です。
APUは米国などの大学と比べると学費が安く、春入学に加えて秋入学を実施しており、さらに英語で入試を受けられるので外国人が入学しやすい。APUの特徴については、書籍『ここにしかない大学 APU学長日記』で詳しく説明しています。
それでもAPUはおそらくバイパス(迂回道路)の1つで、海外からの留学生は、お金があればアメリカや欧州に向かうでしょう。中国や韓国からの留学生がAPUの成績優秀者のトップ100になかなか入らないのは、両国の優秀層が欧米に留学するからです。中国からは約37万人がアメリカに留学しています。
つまりベトナムやインドネシアがより豊かになれば、どうなるのか。留学したい学生がどこに行くかを白紙で考えたら、社会全体がワクワク・ドキドキしている経済が成長している国でしょう。日本が優秀な人材を集めるには、経済が活性化する社会をつくっていかないといけません。安全性、気候の良さなどをアピールする手もありますが、実は日本にはワクワク・ドキドキする社会環境がありません。
この30年間、正社員ベースで平均2000時間という日本の年間労働時間にはあまり変化がありません。経済成長率は1%弱で、長時間働いても全然成長しない。このような閉塞感のある社会に世界の若者が集まるのかという問題です。
加えて、日本は男女差別が世界で最も激しい国の1つとされています。世界経済フォーラムの「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」のランキングで、調査対象153カ国の中で日本は121位だったというのは象徴的です。
長時間労働で全然成長せずユニコーンが生まれない、男女差別が激しい国に誰が来るのか。アメリカは覇権国家で、人口も大きい。歴史を見ると世界の覇権国家は、近世以降は、ポルトガル、スペイン、ネーデルランド、英国、そして米国へと変わってきました。いずれの国もいったん覇権国家になると人口が減っていきます。アメリカは特殊例外的です。欧州の多くの国は年間の労働時間の平均が1500時間前後で、男女差別もなく2%成長を達成している。日本は基礎的な条件で若者をひきつける魅力がない社会なのです。そういう厳しい現実を正確に認識すべきです。
外国人留学生が30万人を突破しても、世界を見渡すと日本が置かれた状況は厳しく、その事実とまず向き合うことが重要だと指摘する出口学長。次回は、外国人留学生を活かすために日本がどう変わるべきかについて、出口学長と九門教授による対談の続きを掲載します。
30万人を突破した日本で学ぶ外国人留学生!
だが日本を愛する外国人材を活かしている企業は少ない。
日本企業にはどんな課題がありどう変革すればいいのか?
東大などで学ぶエリート留学生の本音から処方箋を探る!
<本書の主な内容>
・30万人の外国人留学生を活かすために何が必要なのか
・東大などの難関大学で学ぶエリート留学生の本音
・日本企業の外国人採用と育成にはどんな課題があるのか
・ポストコロナ時代に異なる才能を持つ多様な人材が力を発揮できるような組織のあり方
・ソニー、日立など外国人を活かす先進企業の取り組み
など
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