早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が「ビジネスに携わるあらゆる人に、ぜひ読んでほしい1冊」と推薦するのが、『世界最高峰の経営教室』この本の巻頭に、入山教授が寄稿した「本書を読むにあたってのガイダンス」を、2回に分けて転載する後編。
世界トップクラスの経営学者や経済学者17人の論考を、入山流に解説する本稿には、「ビジネスに示唆のある世界最先端の知見を俯瞰(ふかん)できる」という価値がある。
前回は、「アカデミックvs実務」「大御所vs気鋭」の2軸で、17人のスター学者を分類した。今回は、17人の立ち位置とその論考のエッセンスを、入山流に駆け足で解説する。
世界標準の経営・経済学研究者のマトリクス
教授の名前の後にある「講」は、書籍『世界最高峰の経営教室』の中で登場する位置を示す
本書の「ドリームチーム」を構成する17人のスター研究者について、私なりの解説を簡単に加えておこう。本書は各講の冒頭で、広野氏が書く「教授の横顔」という部分があり、そこで彼女から見た教授たちの素顔が記されていて面白い。そちらはそちらで楽しんでいただくとして、ここでは私から見たそれぞれの教授の立ち位置と、各講の論考の読みどころを駆け足で紹介したい。本書はどこから読んでもいい構成になっているので、以下をざっと読んで、興味があるところから読み始めるためのきっかけにしていただきたい。
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール、アシスタントプロフェッサー。13年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。19年より現職。「Strategic Management Journal」「Journal of International Business Studies」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。主な著書は『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)。(写真:的野弘路)
「アップデートする大御所」を代表する、ポーター教授
第1講 マイケル・ポーター 米ハーバード大学教授
経営戦略の神様。1980年代から競争戦略論を切り開いてきた、世界で最も高名な経営学の教授とさえ呼べる。その功績で注目すべきは、SCP(構造-遂行- 業績:structure-conduct-performance) という経済学の理論を経営学に応用し、学術的な知見を実践への示唆があるように提示していったことにある。マイケル・ポーター教授はSCP 理論を前提として、ファイブフォースなどの競争戦略論のフレームワークを提示したのだ。最近では、CSV(共有価値の創造:Creating Shared Value)など、社会の変容を踏まえて新しい視点を提示しているのもすごい。まさにアップデートする大御所の代表である。今回は、「CEOの時間の使い方」という、これまた新しく興味深いテーマで実践的な視点を提示している。
「ダイナミック・ケーパビリティ」を提唱したティース教授
第2講 デビッド・ティース 米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授
1980~90年代の経営学の黎明期に、その基礎を打ち立てた重鎮の一人。日本のビジネスパーソンの間での知名度は分からないが、経営学のアカデミアでは、誰もが知る“ 巨人” である。なかでも、1997年に「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」誌で初めて提示した「ダイナミック・ケーパビリティ」という考え方は、今も世界の経営学における最重要な視点の一つである。ダイナミック・ケーパビリティは、現代でもますます重要な視点である一方で、抽象的で実践化が難しいとも言われる。しかし実は、デビッド・ティース教授自身が、この考え方をどんどんアップデートさせているのだ。この第2 講では、そのような現代における必須の経営視点の提唱者による、最先端のダイナミック・ケーパビリティ論を紹介する。
「両利きの経営」で大注目の、オライリー教授
第3講 チャールズ・オライリー 米スタンフォード大学経営大学院教授
今、日本で最も注目されている経営学の用語は、「両利きの経営」ではないだろうか(余談になるが、これはそもそも英語で「Ambidexterity」と表現される学術用語であり、「両利きの経営」という言葉は私が2012年に出版した先の本で初めてそう翻訳したものだ)。この理論の精緻化と実践化を推し進めた世界的な第一人者がチャールズ・オライリー教授である。実は日本通でもあるオライリー教授が、日本でも話題の著書『両利きの経営』(東洋経済新報社)の内容を超え、日本企業の事例を交えながら、「両利きの経営」の最新論を語ってくれる。イノベーションが求められるこれからの時代に不可欠な両利きの経営の最新視点を、その第一人者から得たい。
「オープンイノベーションの権化」こと、チェスブロウ教授
第4講 ヘンリー・チェスブロウ 米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院特任教授
日本でも定着してきたオープンイノベーション。その概念を初めて提示した、世界的に著名な教授である。様々なオープンイノベーションの事例を見てきた第一人者であり、「オープンイノベーションの権化」とも呼ぶべき存在だろう。本書では、「オープンイノベーションが、なぜつまずきやすいのか」から説き起こし、日本企業が成功するための示唆を示す。オープンイノベーションに取り組みながらも、悩む企業は今、日本に多い。それだけに実例を熟知する提唱者による論考は、一読の価値があるだろう。
「マーケティングの神様」による、ポストコロナのマーケ論
第5講 フィリップ・コトラー 米ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院名誉教授
言わずと知れた「マーケティングの神様」。ただ、フィリップ・コトラー教授のすごさとは、常に自身の考えを、最先端の現実を踏まえて、アップデートしていることでもある。私もコトラー教授とは何度かご一緒しているが、その度にアップデートされている最新知見にはただただ驚くばかりだ。結果、教授のマーケティング理論は現在、「4.0」までバージョンアップされている。「神様」が語るポストコロナのマーケティング論、貴重な論考である。
新進気鋭、シン教授の「社会的インパクト投資」論
第6講 ジャズジット・シン 仏インシアード経営大学院戦略教授
世界の経営学では、研究者間の激しい研究競争があり、結果としてアカデミックな世界と実務への関わりを両立することは難しい。しかしながら、今、気鋭の若手からは、学術的な実績を上げつつも実務にも影響を与える実力者たちが台頭している。その代表格の一人がジャズジット・シン教授だ。特に同教授の専門の一つは、いま日本でも注目されているESG 投資(環境や社会、統治を重視する投資)である。世界では注目されているものの、日本ではまだ深く語られない社会的インパクト投資について、最新の知見を交えて語る。
金融界の大物が株主第一主義に警鐘を鳴らす
第7講 ロバート・ポーゼン 米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院上級講師
ファイナンス界、ガバナンス界の超大物。先の「アカデミアvs. 実務」の軸でいえば、ポーゼン氏は実務を極めた大御所だ。米証券取引委員会(SEC)顧問や、フィデリティ投信社長を歴任するなど、政府機関や民間におけるファイナンスやガバナンスの実践において第一線に立ち続けてきた。そのロバート・ポーゼン氏が「株主中心の資本主義を変えなければならない」と主張しているというのは、まさに傾聴に値するだろう。
ファイナンスの権威による「パーパス経営」とは
第8講 コリン・メイヤー 英オックスフォード大学サイード経営大学院教授
アカデミアでも、実務でも実績ある超人。ファイナンスの研究者として世界的な権威であり、この分野を研究する者で彼の名前を知らない人はいないのではないか。同時に、欧州のコーポレートガバナンス(企業統治)制度の中心人物であり、実務にも強い。そのコリン・メイヤー教授が、今、一番重要であるとする「パーパス経営」とは何か。日本への提言も交えながら語る。
欧州トップスクールで大人気の「禅的リーダーシップ論」
第9講 ナラヤン・パント 仏インシアード経営大学院実践教授
欧州の超名門ビジネススクール、仏インシアードで今、最も人気のある教員の一人。もともとは戦略論を専門とし、米ニューヨーク大学スターン経営大学院、カナダ・アルバータ大学、シンガポール国立大学などで教鞭をとってきたが、近年は、実践的なリーダー教育に軸足を移している。心理学の要素を多分に取り込みながら、禅的な色彩も帯びる包括的なリーダーシップ論は、日本人との相性もいいだろう。
GAFAの理解に役立つ「マーケットデザイン」
第10講 スコット・コミナーズ 米ハーバード経営大学院准教授
先に述べたように、ビジネスに応用される学術分野は、経営学だけではない。近年ではむしろ若手を中心に、経済学研究のビジネスへの応用が急速に進んでいる。そのような若手経済学者の代表的な人物の一人が、スコット・コミナーズ氏である。彼の専門分野はマーケットデザインである。マーケットデザインは聞き慣れない言葉かもしれないが、米グーグルや米ウーバー・テクノロジーズが手掛けるプラットフォームの構築により、新しい取引の仕組みが作られている現代、これらのビジネスを理解するのに役立つ概念である。コミナーズ氏はこういった新しい取引の仕組みの専門家であり、本講では、これからのビジネスを考えるうえで示唆に富む論考を展開する。
ケーススタディの名手による、プラットフォーマー論
第11講 デビッド・ヨフィー 米ハーバード経営大学院教授
コミナーズ氏とは逆に、経営学、それも実務の視点を存分に取り入れた経営学の立場から現代ビジネスを語れる第一人者が、デビッド・ヨフィー教授だ。ハーバードビジネススクールでおそらく最も多く企業のケースを書いている一人であり、同校の学生で、ヨフィーの手になるケーススタディを読んだことのない人はいないのではないか。私も米国で教鞭を執っていたときは、ヨフィー教授のケーススタディを頻繁に使っていた。そんな「企業事例の超エキスパート」が語るプラットフォーマー論は、実に示唆に富んでいる。
DXのことは、まずはウェイド教授に聞け
第12講 マイケル・ウェイド スイスIMD 教授 兼DBT センター所長
日本でも注目が集まっているキーワードである、デジタルトランスフォーメーション、略してDX。世界で今、DXに通じる教授といえば、マイケル・ウェイド教授。DXについて知りたければ、まずはウェイド教授に話を聞け、ということになっている。本書では、実は日本通でもある彼から、日本でDXが進まない理由を尋ね、そこから浮かび上がる、日本企業がDXを進めるための手がかりをつかんでいく。
「AIが人間の雇用の47%を奪う」の真意とは?
第13講 マイケル・オズボーン 英オックスフォード大学機械学習教授
本書の中で、唯一、ベイズ統計による機械学習など、ビジネスではなくテクノロジーそのものを専門にしているのが、マイケル・オズボーン教授だ。同氏は2013年に発表した共著論文で、「AIが人間の雇用の47%を奪う」というショッキングな数字を示し、世界で一躍、注目を集める存在になった。ただ、筆者の見るところ、オズボーン教授の真意は十分に伝わっていないように思う(私はオズボーン教授とご一緒したことがあるが、たいへんに優しい性格で、誠実・真摯な方だった)。「雇用の47%を奪う」の本当の意図とは何か。実は、そこには単純な恐怖や危機感ではなく、「我々は未来に向けて、どのような仕事をしていけばいいのか」についての展望がある。本講では、世界でもっとも注目される機械学習の専門家の真意に耳を傾けたい。
実力派女性経済学者による「オークション理論」
第14講 スーザン・エイシー 米スタンフォード大学経営大学院教授
ノーベル経済学賞の登竜門とされるジョン・ベイツ・クラーク賞を2007年、女性として初受賞していた実力派経済学者。米マイクロソフトのチーフエコノミストとして、自身の専門分野である「オークション理論」を、オンライン広告の入札の仕組みに応用するなど、理論と実務をつなぐ研究を続けてきた。本講では、IT 企業の競争力の源泉とも言えるアルゴリズムの進化について、最前線の知見を披露する。マイクロソフトやグーグル、アマゾンなど、プラットフォーム型のビジネスを模索する米国のIT 企業が、エイシー教授をはじめ、経済学における一流のアカデミア人材を積極的に登用していることにも、注目したい。
MITから日本に提言「単純なものづくりから脱却せよ」
第15講 マイケル・クスマノ 米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院教授
世界的な経営学者の中で、最も日本通といっていい人物ではないか。マサチューセッツ工科大学で「MIT メディアラボ」を立ち上げ、組織の大変革を成し遂げた経験を持つマイケル・クスマノ教授は、学者として超一流であると同時に、優秀な実務家の顔も持つ。そんなクスマノ教授が日本に提言するのは、「単純なものづくりから脱却せよ」。このメッセージは実に重い。
エグゼクティブ教育の権威が語る「デジタル時代のリーダー」論
第16講 ドミニク・テュルパン スイスIMD 教授・前学長
エグゼクティブ教育の権威にして、大変な日本通。所属するIMDは、世界屈指のビジネススクールであると同時に、エグゼクティブ教育に特化したユニークな存在として知られる。特に、忙しい人たちが気軽に参加できるオープンプログラムには定評があり、フィナンシャルタイムズ(FT)によるランキングで9年連続、世界1位の評価を得ている。そんなIMDの学長をつい先日まで務めていたドミニク・テュルパン教授は、世界のエグゼクティブの考え方を熟知するまさに第一人者だ。本書では日本通である彼が、日本が苦手とする、デジタル活用を進めるリーダーの条件を語る。
「知の巨人」ミンツバーグ教授の資本主義論は、必読!
第17講 ヘンリー・ミンツバーグ カナダ・マギル大学デソーテル経営大学院教授
1980年代の黎明期から、世界の経営学を支えてきた一人である、知の巨人。一方で、筆者の見解ではヘンリー・ミンツバーグ教授の言説は、1990年代から2000年代の初頭まで、科学的な手法を重視する現代の経営学のメインストリームからややずれる存在であったようにも思う。だからこそ、逆に今、彼の言説はとてつもなく重いのだ。なかでも今回、本書で示された主張は、単純な経営のあり方にとどまらず、国家のあり方にまで鋭いメスを入れ、米国的な資本主義を礼賛する視点が、いかに現実からずれているかということを、我々に問う。そんなミンツバーグ教授の第17講は、本書の中でも特に必読である。ビジネスに携わるすべての人に読んでほしい。
いかがだろうか。繰り返しになるが、本書はどこから読んでも面白い。気になったところから、ぜひ読み進めてほしい。本書を通じて、現代ビジネスの知の巨人から、様々な知的興奮を得てほしい。
脚注:本稿の執筆にあたって、一部の経済学者の知見に関し、大阪大学の安田洋祐准教授の助力をいただいた。ここに感謝したい。しかしながら、本稿で紹介した経営学者・経済学者の紹介・グルーピングの責任はすべて私にある。
日経BPから『世界最高峰の経営教室』を刊行しました。
ポーター、コトラー、ミンツバーグ……
世界標準の知性は
今、何を考えているのか?
【世界トップのスター研究者による全17講】
ポーター教授のCEO論/ダイナミック・ケーパビリティ/両利きの経営/オープンイノベーション/コトラー教授から、ニューノーマルのマーケティング論/社会的インパクト投資/ステークホルダー理論/パーパス経営/リーダーシップの経営心理学/マーケットデザインで読み解く起業マネジメント/ネットワーク効果で読み解くプラットフォーマー/デジタルトランスフォーメーション(DX)/AIと雇用の未来/AIとアルゴリズムの進化論/日本のイノベーション力/デジタルマーケティング/ミンツバーグ教授の資本主義論
【推薦の言葉】
■安田洋祐氏(大阪大学大学院経済研究科准教授)
「経営論を超えて生き方から資本主義の未来まで。知の巨人たちのビジョンは、不確実なこの世界を進むための羅針盤だ!」
■入山章栄氏(早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授)
「まさにドリームチーム。ビジネスに示唆のある先端知見を持つ、最高の研究者をノンジャンルで集めた、世界を見渡しても他におそらく存在しない唯一無二の1冊」
■御立尚資氏(ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー)
「経営者は経営の玄人だが、往々にして経営学は素人同然だ。経営学者のほとんどが経営の素人なのと変わらない。なので、日々の決断と理論とを結びつけることができれば、世にも稀(まれ)な競争優位性ができあがる。本書の価値は、その結び付けの道しるべであることだと思う」
■野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)
「世界一流の経営論の本質を俯瞰(ふかん)する物語が生き生きと織り込まれた。
自らの経営論をつくらんとする読者の絶好の指南書」
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