岸見:アドラーは、「不完全であることの勇気」と言っています。The courage to be imperfect── この勇気を持たないといけないと思います。

 話を聞いて納得し、「こうやるべきだ」と分かったのなら、できるところから実践してほしいです。

 そのときに、「聖人君子にならないといけないのか」などと言ったり、思ったりする人は、やるべきことを実行できないことを正当化するために、そういうことを言っているだけです。

 私の話に限らず、「話はよく分かりますが、でも……」と言う人のなかでは、教わったことを「実践しよう」という気持ちと、「無理だ」と主張する気持ちが、拮抗しているわけではありません。最初から「しない」と思っているのです。「でも」と言った瞬間、最初から「しない」と決心している。その決意表明をしているようなものです。

 ですから、「聖人君子にならないといけないのか」というようなことを言わない勇気を持たないといけない。

なるほど。

「不完全である勇気」

岸見:とはいえ、一朝一夕で変わることはできません。

 例えば、今まで部下を叱ってばかりいた人が、いきなり叱らなくなるようなことは無理でしょう。でも、この1週間を振り返ったときに、以前は1日3回、部下を怒鳴っていたけれど、最近は1日1回くらいで済んでいる、といった具合に、段階を踏んで、自分を変えていく努力をしているのならばいい。あるいは、以前はすぐにカッとなってしまっていたけれど、最近は、すぐにはカッとならず、カッとなってしまってから後悔するようになった、と思うだけでも、随分、進歩している。

 だから、自分を勇気づけないといけません。

 ハシゴもかけずに、いきなり2階の部屋に登るなどということはできないので、一歩ずつ、理想に向かって歩き始めていくという勇気を持たないといけない。

 よく言われるのは「頭では分かる」。それならば、頭で分かってください。頭で分からないことは、実践もできないと思います。頭で理解した上で、自分ができることから、少しずつやっていく。一朝一夕に自分を変えることはできなくても、そういう不完全な自分も受け入れる勇気を持ってほしいです。

 そういう実践をしているリーダーを見て、部下は勇気づけられるはずです。「私もああいう人になりたい」と。

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