岸見:嫌われる勇気を持たなくてはならない人というのは、例外なく優しい人で、人の気持ちが分かりすぎて、「こんなことを言うと、相手を傷つけるのではないか」ということに過剰なほど注意を向ける人です。そういう人たちに、自分の発言によってほかの人が動揺したり、多少、波風が立つことがあったりしても、本当に言うべきことは言わなくてはならない、と、訴えたかったのです。

 それには、連帯していく姿勢がいると思います。自分がここで、言うべきことを言う勇気を持てば、支持してくれる人は絶対いるのだ、という自信を持たないといけない。自分だけが孤立無援ではない。状況は変わりつつあるのだということをぜひ知ってほしい。

 そういうことで、「嫌われる勇気」という、かなり強い言葉を使いましたが、そこを誤解する方は多いように感じています。

上司に、聖人君子になれと言うのか?

岸見:部下に嫌われてでも、言うべきことは言わないといけない、というリーダーは、きっとパワハラをすると思いますし、部下の考えに耳を傾けないと思います。

 だから、そういう立場にある人は、むしろ「嫌われる勇気」を持ってはいけない。

なるほど。しかし、ここまでお話を聞いてきて、岸見先生が考える「理想のリーダー像」は、少しハードルが高いように、私は感じています。管理職になったら、何というか、聖人君子にならないといけないのだろうか、といった印象も受けます。

 これまでお話を聞いたり、本を読んだりして考えるに、岸見先生の考える理想のリーダー像とは、次のような人ですよね。

 まず、何があっても部下を叱らず、命令口調も使わない。だからといって部下にこびるようなほめ言葉も言わない。それでも部下は、リーダーである自分を尊敬し、心を開いて率直に本音で話してくれる……。

 このような先生のリーダー論には共感しますし、私もそのような存在でありたりたいと思います。

 ただ、実際のところ、部下が自分に率直に何でも言えるようにしようと思って日々、努力しても、もともと人付き合いが苦手で内気だと、なかなか部下との距離感を詰めることができない。そういった理由で、難しさを感じる人も、多いような気がします。

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