このような時間軸を伴う移り変わりを、本書で解説した「顧客動態」、カスタマーダイナミクスのフレームワークで捉えようとしています。先生は『ストーリーとしての競争戦略』の中で、ユーザーを静止画ではなく動きとして見なければいけないと書かれていましたが、同じ考え方でしょうか?

楠木氏:はい、まったくその通りですね。それは「論理的な確信」に基づく時間の流れだと思います。3カ月後、1年後という物理的なタイムラインではなく、論理的な時間です。

 前回お話しした、在庫回転率ではなく在庫出荷率を最大化する卸売企業の例も、「在庫出荷率が高くなれば、顧客である小売業者は喜ぶだろう」という論理に基づく意志決定です。論理だから、説明すれば皆分かる。だから現場も動けるわけです。

西口氏:今の「顧客が喜ぶだろう」という部分、とても重要だと思います。200社を超える経営者の方の話をお聞きする中で、「誰が喜ぶのか」を具体的にイメージできている方は、皆さん楽しそうだったんです。顧客の顔が見えていると、その顧客に向かっていること自体に面白さを感じて、やる気を持って経営に当たられているのだと思います。

 一方、先生のご著書には「優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーである」とあります。これを私なりに解釈すると、「誰が喜ぶか」がつかめていて、そこに向かってまい進することがすなわち面白いストーリーになるのではないか、と。そんな解釈で合っているでしょうか?

楠木氏:はい、その通りです。顧客の視点で考えよう、顧客を起点にしようというときの「顧客」とは、究極的には感情や表情の伴う一人の人間、あるいはBtoBなら1社の法人という「1」で考えないとだめなんです。

 この人を喜ばせたい、あるいはこの会社に貢献したいと考えるから、それならこういう商品にしよう、サービスにしようという道筋が浮かび上がるわけで。本来は、そのストーリーがふんだんに語れてしかるべきだと思うのですが、問題は、どうしても集計レベルで考えてしまうことですね。

集計で捉えてしまうのは「市場起点」

西口氏:おっしゃる通りですね。今回の書籍でも、その点は注視していました。売り上げや利益を集計として捉え、財務諸表ばかり見ていると、どんどん顧客から離れてしまうと。

楠木氏:そうですよね、本当に大切な指摘だと思います。集計レベルになったら、顧客ではなく「マーケット」になり、市場起点で考えることになってしまう。それは、顧客起点で考えるのとはまったく違うことです。

 とりわけ最近、企業はいろいろな“顧客データ”と称するものを、あらゆるチャネルで取得できるようになりました。それを機械学習で処理して利用可能な形にするのも、以前よりずっと容易になっています。これは一見、顧客の状況をデータで捉えて改善や新たな提案につなげようという、顧客起点の経営に思えるのですが、実はまったく顧客起点ではありません。むしろ、顧客起点を殺してしまう面もある。

 なぜなら、元のデータは一人ひとりの顧客の声だったとしても、集計して分析したり傾向を見ていったりする過程で、市場理解になってしまうからですね。顧客起点とは、市場の総論的な声からニーズを探る、「マーケットイン」とは似て非なるものです。