京セラ名誉会長の稲盛和夫氏とアリババ創業者のジャック・マー氏。ともに今では、その肉声に触れる機会を得にくい名経営者だ。そんな2人が2008年、「日経ビジネス」誌上で対談している。

  「企業経営者は常に謙虚であるべき」という考えで一致し、共鳴した2人(前回参照)。今回は、お互いの創業物語に耳を傾け合う。お金の問題を乗り越え、「ビジョンと使命感」で仲間を集めたところに、京セラとアリババの共通点があった。

 このたび刊行された、稲盛和夫氏のインタビュー集『稲盛和夫、かく語りき』から抜粋して、お届けする。

稲盛和夫(以下、稲盛):企業というのは、社会にとって必要な存在でなければ発展しないし、存続もしない。独善的な経営ではなく、社会に喜んでもらえるような企業経営を目指すべきです。アリババは世間で大変な成功例だと言われているのに、馬さんが謙虚さを失っていないのは立派です。

エンジニアを率いて、「ユーザーの立場」に徹する

馬雲(ジャック・マー:以下、馬):会社を立ち上げる際は、技術もなく、資金も乏しく、私自身も経営の経験が全くありませんでした。いわば目の不自由な人が馬に乗って、普通ならば落ちてしまうところを、自分は幸いなことに落馬しないで済んだ。そんなふうに考えています。

稲盛:それは謙遜して言っておられるのでしょう。馬さんは技術屋を集めてアリババをつくり上げた中心人物のはずです。会社を最初に立ち上げたときのいきさつに大変興味があります。ちょっと話してもらえませんか。

:技術的なことは分からなくても、とにかくインターネットに対して好奇心がありました。私はインターネットはあくまで道具だと思っています。そこで、アプリケーションの開発など技術的なことはエンジニアに任せ、自分は完全にユーザーの立場でそれらを使ってみました。

 エンジニアが何か新しいアプリケーションを開発したら、私が実際に試してみて、すぐにぱっと分かるような使い勝手の良いものは採用する。反対に難しくて分からなければ、即、ごみ箱行きです。私のような素人が使いこなせれば、中小企業のユーザーの8割は使えるだろうと考えました。

<span class="fontBold">写真左:稲盛 和夫(いなもり・かずお)</span><br> 1932年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年京都セラミック(現京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年から名誉会長。一方、84年に第二電電企画(現 KDDI)を設立し、2001年から最高顧問。また10年、日本航空会長に就任。2年間でV字回復を成し遂げ、12年から名誉会長、15年名誉顧問。中小企業経営者のための 「盛和塾」の塾長として、後進の育成にも心血を注いできた。1984年には稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。人類、社会の進歩発展に貢献した人たちを顕彰する(写真:山田哲也/「日経ビジネス」2008年11月10日号に掲載のカット)<br><br><span class="fontBold">写真右:馬 雲(ジャック・マー)</span><br> 1964年9月浙江省杭州市生まれ。88年杭州師範学院外国語学部卒。大学の英語教師を経て、99年アリババを創業。同社を中国最大のネット企業グループに育てた。2014年アリババグループはニューヨーク証券取引所に上場。2019年アリババグループの会長を退任。2020年同じく取締役を退任
写真左:稲盛 和夫(いなもり・かずお)
1932年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年京都セラミック(現京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年から名誉会長。一方、84年に第二電電企画(現 KDDI)を設立し、2001年から最高顧問。また10年、日本航空会長に就任。2年間でV字回復を成し遂げ、12年から名誉会長、15年名誉顧問。中小企業経営者のための 「盛和塾」の塾長として、後進の育成にも心血を注いできた。1984年には稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。人類、社会の進歩発展に貢献した人たちを顕彰する(写真:山田哲也/「日経ビジネス」2008年11月10日号に掲載のカット)

写真右:馬 雲(ジャック・マー)
1964年9月浙江省杭州市生まれ。88年杭州師範学院外国語学部卒。大学の英語教師を経て、99年アリババを創業。同社を中国最大のネット企業グループに育てた。2014年アリババグループはニューヨーク証券取引所に上場。2019年アリババグループの会長を退任。2020年同じく取締役を退任
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