プロダクトの性能は顧客が決めている

西口氏:とても興味深いです。その経営者の方が、さも当然のように在庫出荷率を用いているところから、顧客起点の姿勢が会社に根付いていることがわかります。

楠木氏:そうですね。また、高度経済成長期に伸びた典型的な白物家電の会社、三洋電機の洗濯機の話も参考になると思います。三洋電機は、松下電器の創業メンバーで同社に30年勤めた井植歳男さんが立ち上げましたが、まさに高度経済成長期に差し掛かる1955年、洗濯機の開発に着手したんですね。

 洗濯機には、大型の羽根を回転させて水流を起こす「撹拌(かくはん)式」と、洗濯槽自体を高速回転させる「渦巻き式」――当時は噴流式と呼んでいたそうですが、大きく2つの方式があります。どちらを開発するかを決めるため、井植さんは国内外のあらゆる洗濯機を集めて比較検討し、圧倒的に渦巻き式が優れているという結論に至ったそうです。渦巻き式は撹拌式よりも小さくて済み、洗う時間が短く汚れは落ちやすく、コストも抑えられ、故障もしにくい。実際、ヨーロッパでは渦巻き式が売れ始めていました。

 ですが、先行して洗濯機が普及しつつあったアメリカでは、そのほとんどが撹拌式だったのです。井植さんは、デメリットばかりの撹拌式が主流になった理由をさまざまな観点で考えた末、「アメリカでは日本やヨーロッパとは『洗濯』の意味が違う」と突き止めました。

西口氏:「洗濯の意味が違う」とは?

楠木氏:第二次大戦で戦地となり、疲弊していたヨーロッパや日本と比べて、アメリカの生活者の暮らしにはゆとりがありました。家が広いので機械が大きくてもいいし、服も「汚れたから洗う」のではなく、「1回着たらとりあえず洗う」という習慣なので、服があまり汚れておらず、洗浄力が低くてもよかったのです。枚数もたくさんあるので、撹拌式で多少傷んでもかまわない。そもそも洗濯機がない時代、水温や水質の影響から、アメリカでは棒などで撹拌して洗っていたそうなので、そんな文化的な面も影響しているでしょう。

 つまり、洗濯という行為に求めるものが違うんですね。供給側の視点だと、明らかに渦巻き式のほうが合理的だったのに、アメリカの顧客にとっては逆だったのです。当時から70年近くたつ今でも、アメリカでは撹拌式が主流だそうです。

 一言で言うと「性能は顧客が決める」。企業としての選択は明らかにBであっても、顧客から見えていることをしっかり捉え、それに基づいてAを選べるか。ここでも、まさに経営者の力量が問われていると思います。

(第2回に続きます)

■修正履歴
掲載当初、冒頭部分で楠木健氏としていましたが、正しくは建氏です。また第二次体制戦とあったのは、第二次大戦の誤りです。お詫びして訂正します。表記は修正済みです。[2022/08/03 18:30]

 会社や事業が成長し続けるために、一番必要なことは何か──。
 「すべては顧客のためにある。顧客起点でなければ経営ではない。本書は商売の根幹を問う」一橋大学大学院教授 楠木建氏推薦!

 

 ベストセラー 『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)から3年。ロート製薬「肌ラボ」、ロクシタンジャポン、スマートニュースなど、あらゆる商品やサービスを売り伸ばし、200社を超す企業の経営者に助言してきた西口一希氏による経営論。経営と現場が一体となって顧客に向き合い、事業成長につなげるための必読書です。

◆あらゆる経営者の関心が顧客から離れるのはなぜか
◆昨日の顧客が今日も顧客であるとは限らない。どうすれば価値を見いだしてもらえるか。
◆3つのフレームワークで顧客の「心理・多様性・変化」を可視化
◆大企業からスタートアップまで、実名を含む多数の事例を掲載

 変化する顧客の心理を把握するには? 売り上げを伸ばすために欠かせない顧客起点の経営を実現するには? 「誰に(WHO)」対して「何を(WHAT)」提案すべきかという「顧客戦略(WHO&WHAT)」の立案をはじめ、本書は顧客理解を経営に組み込む方法を、分かりやすく、徹底解説します。

この記事はシリーズ「Books」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。