西口氏:はい。この数年でたくさんの経営者の方々にお会いしましたが、顧客を起点に考えていくことを否定する方はいませんでした。ですが、経営から現場までが一体となって「顧客起点」を実現している企業は、振り返っても本当に一握りだったと感じます。
楠木氏:「頭では大切だと分かりながら『顧客起点』になれないのはなぜか」を考えるべきだと思います。
顧客起点でない考え方や活動とは、企業の視点、つまり供給側の視点に立っているわけですよね。企業が経営において選択を迫られたとき、企業側に失うものがなければ、当たり前ですが顧客を最優先することを選ぶはずです。ところが多くの経営にかかわる選択においては、大切なことほど、顧客の視点に立って実行しようとすると、企業が失うものがたくさん出てきてしまう。したがって供給側の視点で判断する。これは供給側にとっては強い合理性があるわけです。
経営において大切なことが、顧客を最優先にした形でなされない。これは経営が抱えている重要な問題です。この問題が一切生じていない状態、あるいはすべて解決されている究極の状態が、西口さんがおっしゃる「顧客起点」の経営だと思います。
顧客と企業の利益は相反する
西口氏:顧客と企業、双方の合理性が合致しないときに顧客側を選べないというのは、おっしゃるとおりだと思います。
楠木氏:双方の合理性が大きくズレてしまったり、まったく相反したりしてしまうこともよくありますよね。そのときにどちらを選ぶのか、そこに経営の地力が現れるという意味を込めて、御本へのコメントに「商売の根幹を問う」という言葉を使いました。
放っておいても自然に起きることや、皆が大切だと思うことを実行するだけなら、僕は経営という仕事はそもそも要らないと考えています。例えば、企業活動において法令順守は当たり前の話です。「法に反することはやめましょう」と旗を振るのは経営者の仕事でも何でもないですよね。放っておくと、顧客にとってあるべき状態からどんどん離れてしまう項目を見極め、それを守り達成できるように全体を率いていくのが経営者の仕事であり、力量が問われる部分だと思います。
僕の好きな話で例を挙げると、卸売業を営むある企業では、他の卸売業と違って「在庫回転率」を一切追求していないんです。経営者の方に理由を聞くと、「在庫回転率は100パーセント、企業の都合だから」とおっしゃる。「お客様が受け取る価値と何の関係もない指標です、そんなものを追求してどうするんですか」と返されて、そのとおりだなと思ったんですよね。
西口氏:たしかに、そうですね。在庫回転率を使わないなら何を指標にされているんですか?
楠木氏:代わりに「在庫出荷率」を算出し、指標として一番重視されているそうです。受けた注文のうち現状の在庫から即納できるものの割合ですが、これが高いということは、ものすごい量の在庫を抱えるということです。
西口氏:まさに、企業の合理性とは相反しますね。
楠木氏:ええ。ですがその経営者の方は、こんなふうに話を続けられた。「この商売、3つしか顧客のニーズはないんです。1すぐ持ってこい。2今持ってこい。3いいから持ってこい」(笑)。
西口氏:なるほど(笑)。顧客の立場なら、よく分かります。
楠木氏:在庫出荷率が高いことは、顧客にとって価値がありますよね。たとえその業界が後生大事に抱えてきた「在庫をいかに効率よく“回転”させるか」という合理性を真正面から否定するものだったとしても、在庫“出荷”率を追求する。これは、顧客起点の経営の一例だと思います。
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