商いは地元で行われるのが普通だった江戸時代に、全国に商圏を広げた近江商人。このとき彼らは、自分の利益だけを考えていては商売がうまくいかないことに気づき、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」の商いを心がけた。

 地方で生き残る企業を研究している藻谷ゆかり氏は、そこには、近江商人の「三方よし」に作り手よし、地球よし、未来よしが加わる「六方よし」の経営があるという。人口が減少している地方でも伸びている会社がどのような「六方よし経営」を実践しているのかを、このたび1冊の本にまとめた。

 そんな藻谷氏が「六方よし経営」の“発見”に至るまでを、彼女のユニークな経歴をたどりながら聞いた。地方で伸びている会社には若い世代の経営者がいて、彼らとの出会いが大きかったという。

(聞き手は田中淳一郎)

藻谷さんが著した『六方よし経営』には、大きな事業ではありませんが、地方で成功している人が多く取り上げられています。取材で、彼らの生の声を聞いて、何か感じるものはありましたか。

藻谷ゆかり氏(以下、藻谷):私は日ごろ、「地方で生き残るビジネス」を研究しています。

 私の夫は国際エコノミストの藻谷俊介で、その弟が地域エコノミストの藻谷浩介です。浩介は行政も含め、地域全体で地方をどう盛り上げていくかという課題を研究していると思いますが、私の場合は、地域おこしではなく、地方にある個別企業の経営実践を研究しています。

 人口が3万~5万人に減って、こんな町でビジネスなど伸ばしようもないと思えるような場所でも、成功している経営事例を私は数多く取材してきました。そこでまず、経営者に1980年代・90年代生まれの若い世代が多いことに気がつきます。さらに彼らの仕事に対する考え方が「ジョブ(職務)型」であることが多いのです。

経営エッセイスト。1963年横浜市生まれ。東京大学経済学部卒業後、旧日興証券に就職。ハーバード・ビジネススクールでMBA取得後、旧日本モトローラ、旧日本GM勤務を経て、97年インド紅茶の輸入・ネット通販会社を千葉県で起業。2002年に家族5人で長野県に移住。18年に会社を事業譲渡し、現在は「地方移住×起業×事業承継」についての執筆と講演を行う巴創業塾を主宰。7月、日経BPから<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4296110020" target="_blank">『六方よし経営』</a>を出版。このほか著書に、『衰退産業でも稼げます「代替わりイノベーション」のセオリー』(新潮社)、『コロナ移住のすすめ 2020年代の人生設計』(毎日新聞出版)がある
経営エッセイスト。1963年横浜市生まれ。東京大学経済学部卒業後、旧日興証券に就職。ハーバード・ビジネススクールでMBA取得後、旧日本モトローラ、旧日本GM勤務を経て、97年インド紅茶の輸入・ネット通販会社を千葉県で起業。2002年に家族5人で長野県に移住。18年に会社を事業譲渡し、現在は「地方移住×起業×事業承継」についての執筆と講演を行う巴創業塾を主宰。7月、日経BPから『六方よし経営』を出版。このほか著書に、『衰退産業でも稼げます「代替わりイノベーション」のセオリー』(新潮社)、『コロナ移住のすすめ 2020年代の人生設計』(毎日新聞出版)がある

 私は、還暦も近い1963年生まれですが、私のように高度経済成長期に会社員家庭で育つと「いい大学に行って、いい会社に入るのがいい」という価値観を、自然と刷り込まれています。そういう人間には実感できない面もあるのですが、地方でイノベーションを起こしている若い世代は意志が強く、行動力もあるんです。

都会の大企業に勤めず、地元に戻ることを選ぶ

 今回私が著した『六方よし経営』で取り上げた人物に、兵庫県小野市の小林新也さんがいます。卓越したデザインセンスがあり、大学生のときにデザインしたソファをイタリアの著名展示会「ミラノサローネ」に出展して評価を得ました。

 彼は1987年生まれなので、大学を卒業したのは2010年ごろですが、仮に卒業がバブル期ぐらいまでの人だったとしたら、その後は、例えば大手広告会社などに入社し、優秀なデザイナーとして、都会で成功者としての人生を送るような人材です。

 ですが、小林さんは大学を卒業後、人口約5万人の地元・兵庫県小野市に帰り、「シーラカンス食堂」というユニークな名前のデザイン会社を立ち上げて、地元の伝統的な製品である「播州そろばん」や「播州刃物」のリブランディングなどの事業で成功しています。

続きを読む 2/4 父親世代から続く価値観から脱出

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