本書ではグレイナー、ドラッカーなど数十年を経た経営論が紹介されます。この二人以外にも、世の中には経営戦略の研究がたくさんあり、その知見を多くの人が重要と認識して学んでいます。しかし、実際の経営においては、最も重要な「顧客理解」が進んでいない。それはなぜだと思われますか?

西口氏:グレイナー博士やドラッカー氏、なかでもドラッカー氏が「顧客」を非常に重視していることは、多くの経営者の方々がご存知だと思います。では、世の中には経営戦略の研究がたくさんあるにもかかわらず、一番重要な「顧客理解」が経営に落とし込めていないのはなぜか。その理由は、大きく3つあると考えています。“戦争”を前提としている戦略論を用いて経営戦略を立案すること、顧客の定義がばらばらであること、そして財務諸表とお客様との関係がわかっていないことです。

 まず経営戦略論については、その言葉の成り立ちから、戦争における戦略の考え方を適用してしまうという大きな誤りがあります。

 国家間や地域間の戦争は、敵に打ち勝つことが重要ですが、ビジネスでは違います。向き合うべきは競合ではなく、顧客です。お客様が何を求めていて、何を喜んでくださるのか、何に価値を見いだすのかを洞察し実現することに、ビジネスはすべて集約されるはずです。競合が何をしようが、本質的には関係ないのです。

 それなのに、世の中にあるビジネス向けの戦略論は、そのほとんどが戦争の考え方で「競合に打ち勝つ」ことが語られている。こうした戦略論を真面目に実践すれば、組織全体が競合に目を向け、顧客からは目が離れてしまいます。そうして、グレイナー博士やドラッカー氏の理論を頭では理解しながらも、経営のオペレーション実務では顧客不在になるのです。

戦略の根本的な問題
戦略の根本的な問題

財務諸表と顧客との関係性を認識する

2つ目の「顧客の定義がばらばら」というのは、前回お話しいただいた内容ですね。

西口氏:はい。会議での発言が同じ「うちのお客様は」という言葉でも、経営陣はロイヤル顧客を思い浮かべ、部門長は最近獲得した顧客を、現場は今まさに商談中の顧客を思い浮かべているかもしれない。その違いに気付かず、さも皆が同じ顧客像を描いているかのように議論が進むと、施策を実施してもうまくいきません。

 どのような業界のどんな事業においても、顧客は少なくとも既存顧客、離反顧客、潜在顧客の3つに分けられます。既存顧客を、購入の頻度や量で「ロイヤル」と「一般」に分け、潜在顧客を「認知未購買(知っているが買ったことはない)」と「未認知(そもそも知らない)」に分けて計5つにしたのが5segsです。たった5つの分類でも、例えばロイヤル顧客にもっと購入いただくための提案と、知っているが買ったことはない人への提案は、違ってしかるべきだと理解いただけるのではないかと思います。

では、3つ目の「財務諸表とお客様との関係がわかっていない」とは?

西口氏:財務諸表における売り上げや利益の数字は、すべてお客様の購買行動の結果です。そしてその背景には、必ず心理の変化があります。それなのに、どのようなお客様がどのような価値を見いだして購入に至っているのかが見えていないので、売り上げ目標や利益目標を語るときに、お客様が不在になってしまうのです。

 典型的なのが、「今期は売り上げ20%増が目標だ!」と掲げながら、では具体的にどんな方に何を提案すると20%増が見込めるのか、まったく描けていないようなケースです。

 引き上げるのは顧客数なのか、単価なのか、頻度なのか。それらはどの顧客や潜在顧客から生み出せるのか、わからない。この粒度で顧客が見えていないのに、20%増の目標だけを掲げ、現場に押し付けても、効果が見込める施策を導き出すのは難しい。結果、各部門がそれぞれの視野で最適だと思うことや、それぞれのタスクを実行していくことになります。そうして、全社が連動することなくばらばらに動いていくと、当然ですが無駄な投資や無意味な労力も発生します。

『顧客起点の経営』が紹介するフレームワーク「顧客起点の経営構造」。企業は売上高と費用、その差分である利益を財務結果として追っているが、売上高は顧客の行動変化の集積であり、その背景には必ず一人ひとりの心理変化がある。この構造を理解することで、顧客の行動と心理を経営に組み込む。
『顧客起点の経営』が紹介するフレームワーク「顧客起点の経営構造」。企業は売上高と費用、その差分である利益を財務結果として追っているが、売上高は顧客の行動変化の集積であり、その背景には必ず一人ひとりの心理変化がある。この構造を理解することで、顧客の行動と心理を経営に組み込む。

組織が一体となって顧客に向き合う

そうすると、今お話しいただいた3つを認識して改めれば、それがすなわち「顧客理解を経営に実装する」ことになると。

西口氏:そのとおりですね。まず、競合に打ち勝とうとする顧客不在の戦略論を捨て、顧客と向き合うことを前提とすること。次に、顧客を定義して経営から現場の各部門まで共有すること。そして、財務諸表とお客様との関係を明らかにすることです。

 お客様との関係が社内で明示できるというのは、どのような顧客心理の変化によって購買行動が起こり、結果として財務諸表に結び付くのかを説明できるということです。そうなれば、グレイナー博士やドラッカー氏の理論を踏まえて実践に落とし込んでいけます。