経営層と現場が同じ“地図”を見られるように
書籍『顧客起点の経営』では「顧客起点の経営構造」など複数のフレームワークを紹介し、これらを経営層と現場との間や部門間をつなぐ「共通基盤」として活用することを提案しています。立場によらず、皆が論理的に顧客に向き合えるようになる、と。
西口氏:はい。共通基盤ができるということは、つまり、共通の言語でコミュニケーションを図れるようになる、とも言えます。例えば『顧客起点の経営』で提唱する第3のフレームワーク「顧客動態(カスタマーダイナミクス)」は、ロイヤル顧客なのか、知っているけれど購入したことはない潜在層なのか、それともまだ知りもしない未認知の潜在層なのか、といった各セグメントを人数で把握し、その動きを追うので、客観性があります。そして数字をベースにPDCA(計画・実行・評価・改善)を回していくので、再現性もあります。
どの企業においても、ロイヤル顧客を継続的に増やしていくことは、事業存続の要のひとつです。定期的にカスタマーダイナミクスの人数を把握し、ロイヤル顧客の人数が増えれば、その間に実施した施策が奏功したとわかりますよね。
狙い通りの成果が数字で見て取れれば、強化すればいいし、うまくいっていなければ変更すべきだという皆が納得する判断を下せます。このフレームワークは、経営層から現場までの皆さんが一緒に見る地図になるのです。
皆が共有する地図が経営にも必要ということですね。西口さんがそうお考えになるには理由があるのでしょうか。
西口氏:事業会社の内部で、その業界だけを見ていたときと違って、自分がまったく知らない業界の企業のサポートをさせていただくようになって見えたのは、経営トップと他の経営陣、あるいは経営と部門長や現場とで、お客様の定義がばらばらだという事実でした。
顧客を定義し、人数や社数で把握する
お客様の定義がばらばら、とは?
西口氏:いろいろな会議に参加させていただくと、皆さん「うちのお客様は」という言葉を使われます。言葉は同じでも、経営トップがそれを発するときの「お客様」像と、他の経営陣、部門長、そして現場の方々が話すときの像が、まったく一致していないのです。そして、一致していないことに気付いていない。
皆さんがそれぞれ「お客様のために」と思って働きかけていても、経営トップが浮かべるイメージは10年来のロイヤル顧客である一方、部門長は最近獲得した顧客を、現場の方々はまさに今商談中の顧客を思い浮かべていたりするのです。これでは、どれだけ長時間の会議をしても、意味ある結論には到達できません。
仮にクライアントを増やそうという新規顧客獲得の議論に絞ったとしても、経営陣は競合プロダクトのユーザーを奪取することを考え、部門長は調査データから見えた潜在顧客の獲得を想像し、さらに現場の方々は直近で商談した方をイメージするかもしれません。この“像”が一致しない、すなわち共通した「顧客の定義」が曖昧なまま施策を展開しても、結局どの顧客に響いているのかがわかりません。そんな事態がとても多いと思います。
顧客を定義する際、考え方のポイントはありますか?
西口氏:難しく考える必要はありません。まずは、顧客が誰なのかを定義することが第一歩なので、自社が「こういう方(あるいは企業)に購入してほしい、使ってほしい」と考える内容でかまいません。
例えば幅広い年齢層に使っていただくことを想定している化粧品なら「20~60代の女性」になるかもしれませんし、もっと特徴的な商品なら、さらに「美白に強い関心がある人」などの条件が付くでしょう。20代向けに開発していた商品が、前述のように「今どのような人が買っているのか」を確かめた結果、むしろ30~40代によく売れていたとしたら、それを機に顧客の定義を書き換えていけばよいのです。
顧客を定義すると、マーケット全体が可視化されます。20~60代の女性なら、総務省統計局の人口推計データから、実数を知ることができます。BtoBでも、公表されているマーケット規模データや事業者リストなどから、自社のクライアントが最大で何社になりそうか、推計できます。
このとき大事なのは、大ざっぱでもかまわないので、仮に自社が100%シェアを獲得した場合に顧客数やクライアント数がどのくらいになるかを数字で捉えることです。それができれば、本書で紹介している顧客を5層に分けてその動態を追う「5segs(ファイブセグズ)カスタマーダイナミクス」や、同じく9層で分析する「9segs(ナインセグズ)カスタマーダイナミクス」も各層を数字で管理でき、社内で共通して使える客観的で科学的な基盤になり得るのです。
日系企業と外資系企業、顧客理解が進んでいるのは?
西口さんは外資系企業でのキャリアをお持ちです。書籍内で日系企業と外資系の比較もありましたが、日系企業は『顧客に対する理解が弱い』傾向があると思われますか?
西口氏:企業文化の差異も大きいので、一概には言えません。ただ日系企業のほうが、良くも悪くも経営と現場の間に軋轢(あつれき)が起こりにくい構造があります。経営の言うことに疑問を持たないか、持っても進言せず、言われたとおりに進めることが多いのではないでしょうか。
よく「上に意見を言わない、日本人特有の気質」と解釈されますが、多少はその傾向があっても、主な理由ではありません。
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