大企業からスタートアップまで200社を超える企業の経営相談に応じてきた西口一希氏が新たに、書籍『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』を出版した。昨年、日経ビジネス本誌および電子版に掲載した連載をベースにしながら大幅に加筆し、改めて構成した1冊だ。
西口氏はロート製薬の「肌ラボ」、ロクシタンジャポン、スマートニュースなど、事業会社で多岐にわたる商品やサービスを成長させてきた。その経験をもとに、BtoB、BtoCを問わず、さまざまな企業の経営を支援してきた結果、「あらゆる企業がぶつかる『事業成長の壁』『収益性の壁』を乗り越えるための鍵が見えてきた」と言う。その鍵とは「顧客理解」だ。
「多くの経営者は、成長の過程で顧客を見失う」と西口氏は強調する。顧客は多様で常に変化しているが、経営側がその心理や行動を把握できていないため、顧客が見えなくなるというのだ。そこで今回の著書では、西口氏が企業を支援する中で構築した、顧客を理解・分析し事業成長につなげる複数のフレームワークを掲載。その活用法を詳細に解説する。
コロナ禍にあった2年半、多くの企業が苦戦を強いられた。感染拡大は収まりつつあるが、資源高騰による物価上昇やインフレの到来が新たな課題となり、さらに日本には人口減という事業成長を阻む構造的背景もある。そうした状況下、西口氏は「今後、顧客理解はますます重要になる」と言う。売りにくい時代にどうやって事業を伸ばしていくか。西口氏に聞いた。
(聞き手は日経ビジネス編集部・村上富美)

インフレ、人口減、事業成長を阻む要因をどう乗り越える?
コロナ禍、ウクライナ危機に続き、素材価格の上昇や円安による物価高騰、インフレの到来など、経営環境は厳しさを増しています。
西口一希氏(以下、西口氏):長年続いたデフレ下では、商品のコモディティー化や規制緩和による海外企業の進出などのため、価格競争が激しくなっていました。今、生活者にとっては安売りや安価なプロダクトが当たり前になっています。そんな状況での値上げは、売り上げ不振の要因になり得ます。
賃金より先に物価が上がる状況では、一時的にせよ、可処分所得に対して買える物が少なくなります。するとお客様は今まで以上に、本当に自分に必要な便益と、他のプロダクトにはない独自性を提案しているものにしかお金を払わなくなります。
値上げが避けられないなら、どのようなお客様に対して何を提供すべきかを見極め、そのお客様に向けて商品の機能を開発したりアップグレードしたりすることが必要です。そしてそれらを訴求し、対価を払うに値する「価値」を感じてもらうことが重要になります。本来、デフレの時代でもこうした活動をすべきなのですが、やり過ごしてきた分が今に跳ね返ってきているとも言えます。お客様が値上げを納得してくれないのではなく、価値を感じてもらえるだけの便益と独自性を提供しきれていないのです。
デフレの時代でも、iPhoneなど、高額でも売れた商品はあります。明確な便益と独自性で顧客に支持されているプロダクトは、インフレかデフレかにかかわらず、価値に見合う価格を維持しているのです。
新たに出した著書『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』では、日本の人口減のマーケットについて「潜在顧客の母数が減っていることを意味する」と述べています。
西口氏:多くの経営者の方が「事業成長が頭打ちになっている」「収益が伸びない」と悩む背景には、構造的な問題があると思います。そのひとつが、人口の減少です。昭和の人口増のマーケットでは、事業や商品・サービスが対象とする顧客の数自体が増えるため、売り上げも伸びていきました。
しかし今ではその逆で、顧客の母数がどんどん減っています。そのため、本当に強いニーズがある顧客はどんな方なのかを理解し、その方々に適切に接触することが大事になります。すべての売り上げは「顧客数×単価×頻度」で成り立っているので、潜在顧客を含めた顧客の母数のうち、一人でも多くの方に顧客になっていただき、単価と頻度を高めることが重要です。
生活者のさまざまなシーンにおけるデジタル化の流れも、顧客理解の重要性を引き上げています。今や、仮に「30代男性」といっても一人ひとりの嗜好や価値観、行動はまったく異なっていますよね。以前のように属性でひとくくりにできる業界は、ほとんどないのではないでしょうか。
物価上昇に加え、こうした背景からも、これからの時代に経営の課題を解決するには、顧客を深く理解することが大きな鍵になると考えています。
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