確かに。そして1回触れていると、次に出合っても「これは知っている」と思って見逃したりして。
佐渡島:そうなんですよ。その「知っている」とか「分かっている」と思うことが、実は「できる」を遠ざけていて。
「知っている」「分かる」と「できる」の間には距離があるんですね。
佐渡島:距離というか、「知る」から「できる」まではすごくいっぱい壁があるんです。それを乗り越えるには、まず、ただ知っているんじゃなくて「深く知る」という行為が必要です。深く知る、知って自分の行動が変わる。そのためには何度も触れる必要がある。実は、僕は、自分を変えるのに最も早い手段は「本を作ること」だと思っているんですよ。
あ、なるほど。
佐渡島:僕は、『宇宙兄弟』の担当編集をしてなかったら起業しただろうか、と、ときどき自問自答するんです。
この本でも触れていますが、『宇宙兄弟』の中では、主人公のムッタ(南波六太)がどんどん成長していくじゃないですか。ムッタは、初めは言いわけばっかりして行動しないヤツだったんですよ。そこから、他人の気持ちを理解できるようになり、自分が持っている力や責任も感じて、どんどん行動するようになる。
そうでしたね。そこが「ヒーロー」じゃないムッタの大きな魅力です。そこからなにかを感じた、と?
佐渡島:それもあるんですけれど、実は僕の一番の気付きは、ムッタを描いている小山宙哉さんが、「家にいてマンガを描いている中で、人間的にとても成長している」ということなんです(笑)。
マンガを描くことは「精神と時の部屋」に入るのと同じ
えっ、じゃあ、小山さんは、「自分で描きながら自分で学んで成長していった」ということなんでしょうか。
佐渡島:そう。だからマンガを描くというのは、「精神と時の部屋(※)」に行くみたいなことだな、と思ったんです。
超スピードで成長する(笑)。なるほど。(※「精神と時の部屋」とは、鳥山明氏のマンガ『ドラゴンボール』に登場する、現実の1日の間に1年が経過する場所。時間を圧縮した修行に最適)
佐渡島:若いときの小山さんは、何ていうんだろうな、子供らしさみたいなところもあったのに、いつの間にか僕よりもずっと成熟した大人になっている。「ムッタを描いているからなんだ、ムッタが物語の中で、悩んだり成長したりするときに小山さんも成長している」とすごく思って。だから僕も成長したいなとすごく思ったんですよ。
おお。
佐渡島:それで、僕にとって講談社という居心地のいい場所だと僕はダメかもしれないなと思って……。
えっ。居心地がいいとダメですか。
佐渡島:……起業しようと思った。自分の中の「成長したい」という欲を、『宇宙兄弟』と小山さんにすごく刺激されたというか。
やっぱり『宇宙兄弟』の中で、「俺の敵はだいたい俺です」とか、福田さんの「夢は何歳になってもあきらめない」とか。やっぱりそういう『宇宙兄弟』のキャラクターたちの台詞に、編集者として何度も触れる中で、「俺の敵はだいたい俺です、と、俺は思っているかな。いや、会社がもっとこうなればもっと俺はこういうことができるのに、とか思ってるよな」と、いや応なく気付かされるわけです。
はい、はい。そうか、「会社のせい」にできてしまう。
佐渡島:連載を担当し、本を編集することを通して、『宇宙兄弟』を深く理解することになって、自分も変わっていく、という体験が強烈にあります。やっぱり本を作るということが最もいい理解の道、自己変容の道なんですよね。
何度も同じコンテクストに触れることを仕事として強いられますからね。
佐渡島:そうなんです。それでその言葉の意味に対して、単なる「知っている」の先に行ける。僕は『宇宙兄弟』の仕事で、僕の人生の後押しをしてもらった実感があって。これは、僕の考えではなくて楽天大学の仲山(進也)学長のアイデアなのですが。
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