国立大学は、変わらなければならないといわれて数十年、独立法人化されてからも10年以上たちますが、なかなか大きな変化はありません。大学改革の必要性を訴えて学長選にも立候補した大阪大学大学院医学系研究科の仲野徹教授は、「お金がない、教員が疲れ果てている」という悪循環が原因だと言います。大学の役割とは何なのか、創造的な教育を大学で行うためには何をすればいいのか。仲野教授と、日本初のアフリカ出身の大学学長として活躍する京都精華大学のウスビ・サコ学長が考えます。対談前編です。

学長は「意外と普通のおっさん」

仲野徹氏(以下、仲野):『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』を拝読して、僭越(せんえつ)ながら、大学に関する考え方がすごく似ているなあと思いました。言いたいことは言う、やりたいことはやるとか。

ウスビ・サコ氏(以下、サコ):それがいいかどうか分かりませんけど。

仲野:それで今回、ぜひ大学の改革についてのお話を伺いたいと思ったんですけど、そもそも先生が京都精華大学の学長を目指された理由は何だったんですか。

サコ:仲野先生と同じように、私もこれまで大学の中でいろんなことにチャレンジしてきたわけですけど、そこでいちばんネックになったのが最終決定権がないことだったんです。よかれと思ってした提案が最終的に認められなかったり、学長に自分の意思がうまく伝わっていないと感じたり。

 自分としては職場である大学をどうしてもよくしていきたかったし、学生にも意思をきちんと示したかった。そう考えたとき、学長になる以外、道はないかなと思ったんです。

<span class="fontBold">ウスビ・サコ氏<br>京都精華大学学長</span><br>1966年5月26日マリ共和国・首都バマコ生まれ。81年、マリ高等技術学校(リセ・テクニック)入学。85年、中国に留学し北京語言大学、東南大学で学ぶ。91年4月、大阪の日本語学校に入学。同年9月京都大学研究室に所属。92年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程入学。99年、同博士課程修了。2000年、京都大学より博士号(工学)取得。01年、京都精華大学人文学部専任講師に就任。02年、日本国籍取得。13年、人文学部教授、学部長に就任。18年4月、学長に就任。研究テーマは「居住空間」「京都の町家再生」「コミュニティー再生」「西アフリカの世界文化遺産(都市と建築)の保存・改修」など。社会と建築空間の関係性をさまざまな角度から調査研究を進めている。</a>
ウスビ・サコ氏
京都精華大学学長

1966年5月26日マリ共和国・首都バマコ生まれ。81年、マリ高等技術学校(リセ・テクニック)入学。85年、中国に留学し北京語言大学、東南大学で学ぶ。91年4月、大阪の日本語学校に入学。同年9月京都大学研究室に所属。92年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程入学。99年、同博士課程修了。2000年、京都大学より博士号(工学)取得。01年、京都精華大学人文学部専任講師に就任。02年、日本国籍取得。13年、人文学部教授、学部長に就任。18年4月、学長に就任。研究テーマは「居住空間」「京都の町家再生」「コミュニティー再生」「西アフリカの世界文化遺産(都市と建築)の保存・改修」など。社会と建築空間の関係性をさまざまな角度から調査研究を進めている。

仲野:実際になられて、大学の雰囲気は変わりましたか。

サコ:そうですね。私は1票差で選ばれたんですけど。

仲野:そうなんですか!

サコ:それは自分にとってはよかった。これは挑戦なんだという気持ちで臨めましたし、就任後はとにかく人の話を聞くことが重要になったわけです。でも、まあ、当初は皆さん、様子見だったと思います。

仲野:先生、ちょっと迫力ありますからね。みんな怖がったんじゃないですか。

サコ:その可能性はありますね。私は自分の大学がもっている可能性が十分に引き出されていないと感じていたので、それを皆さんと一緒に見つけていきたかった。教職員も初めは学長任せにしようとする意識が強かったんですけど、それだと学長が「権力者」になってしまう。

 だから、それぞれの意見を聞いて、自分もこの大学の変革に参画しているんだという意識をもってもらうようにしました。そのためにコミュニケーションを大事にして、インフォーマルな話し合いの場も増やして。そのうちみんな、「あれ、この学長、意外と普通のおっさんやな」と思うようになった。今はもう、ガンガン提案をしてこられます。

続きを読む 2/3 今の大学は知性を否定するシステム?

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