正解は、aが「④人口約5000人の山間部の村のバス停」、bが「①成田空港の上海行きの航空便」、cが「③人口約10万人の地方都市の駅前のバス停」、dが「②東京郊外の住宅団地のバス停(最寄りの駅前行き)」です。

 詳しい解説は『東大メンタル』に譲るとして、「地頭力の壁」との関連で注目していただきたいのは、この問題は「机に向かって黙々と勉強する」だけでは、絶対に解けない、ということです。日常生活のなかでバスに乗ったり、電車に乗ったりするときに「なぜ、こうなっているのかな?」とか、「こうしたら便利だろうな」とか、頭を働かせている人しか解けないし、逆にいえば、そういう習慣があれば、何も勉強していなくても解けちゃいます。

 東大入試には、このような日常生活に立脚している問題が多くて、大学側が学生に「普段からものを考えている」ことを求めていることがうかがえます。『ドラゴン桜』で、桜木先生も言っていますよね。「勉強とは生きることだ」と。

『ドラゴン桜』第18巻・166限目「勉強とは?」©Norifusa Mita/Cork
『ドラゴン桜』第18巻・166限目「勉強とは?」©Norifusa Mita/Cork
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「地頭力」とは「つながりを探す思考習慣」

 東大入試で必要な「知識」は、教科書の範囲を絶対に超えません。絶対に超えないんだけど、教科書レベルの知識と「日常生活」などとの「つながり」というのを、しつこく鋭く突いてくるのですね。

 そういう問題に答えるには、教科書で学んだ知識を「日常生活」のなかで見直すという「思考習慣」が必要ですが、僕にはそういう習慣がありませんでした。逆にいえば、そういう「つながりを探しにいく思考習慣」を持っていることが「地頭力」の本質ではないかと思います。

 「つながりを突いてくる」という東大入試の特徴は、ほかにもいろんな場面に表れます。例えば、世界史だったら「通信手段の発達が、アジア・アフリカの植民地化にどのような影響を及ぼしたかを論じなさい」みたいな過去問があったりします。「通信手段の発達」というのは、教科書には「文化史」として書かれている内容ですが、それを「植民地化」という「政治史」とつなげて説明してくださいね、という出題です。

 こういう問題に答えるには「教科書に書いてあることを覚える」という勉強では足りなくて、「必要な情報を教科書からとってくる」という勉強に切り替える必要があります。それを「能動的な学習」「主体的な学習」と呼んだりするわけですが、そこで必要なのが、先ほどもいった「つなげる」という思考習慣です。教科書にある知識を、自分の生活とつなげる。あるいは、教科書で別々のページに書いてある知識と知識をつなげる。

 こういう「知識とつなげる」タイプの問題に、僕は現役生のときも1浪した年も、きちんと答えられていなかったし、そもそも、そういう姿勢が求められているということに気づいていませんでした。そこに気づけたのが、2浪したときの大きな変化で、「偏差値65の壁」「思考力の壁」を越える突破口でもありました。

「東大生のノート」の衝撃

「知識をつなげる勉強が必要」ということに気づけたのは、なぜですか? どうやって気づいたのですか?

西岡:2浪が決まってさすがに焦って、友人たちに勉強法を尋ねて回ったんです。勇気を奮って、東大に合格した友人たちに頭を下げ、ノートを見せてもらったりしました。そこで、衝撃を受けました。

どんな衝撃を受けたのですか?

西岡:驚いたことはたくさんあって、とても一言では言い尽くせませんが、強く覚えているのは、みんなが「過去問と深く向き合っている」こと。過去問を分析するノートを、細かく丁寧につくっている人が多くいました。

 例えば、「国語の要約問題は、10点満点のうち8点を狙う」と決めて、そのためには、どこのポイントを押さえなくてはいけないかを、ノートに書いていたりします。何となく漠然と「たくさん点が取れるといいな」ではなくて、「2点は落としていいけれど、それ以上はダメ」と決めて、そこからの逆算で勉強する。

 そういう東大生の戦略性の高さを目の当たりにして衝撃を受けたわけです。それこそ、「頭がいいって、こういうことか!」と。

 と同時に、自分なりの戦略を立てました。それは……

 だったら僕は、東大の過去問を50年分解く!

 ……ということです。2浪した年に僕がしたことは、東大の過去問を50年分解くことで、これによって「地頭力の壁」を乗り越えたわけです。

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