(写真:吉成大輔)
(写真:吉成大輔)

歴史に学べばウクライナ戦争は起きなかったはず

伊東氏:当時の隋や唐といった中華帝国は、仏教をしっかり理解した国でなければ文明国と認定しませんでした。日本は僧侶たちを養成し、建立する寺院の伽藍(がらん)配置や様式などを学び、正統な仏教国であること、仏教を文化として根付かせようとしていることを外に向かってうまくアピールし続けました。

天津氏:隋の文帝が仏教治国策という政策をとっていましたから、隋と近づきたければ、まずは迎合しなければ「国家」として立ちゆかなくなる。文明国とは? 国家として認められる条件とは? というところまで、厩戸皇子や蘇我馬子は突き詰めて考えたのでしょうね。

伊東氏:そう考えると、大国といわれる国が真に地域の盟主になりたければ、パートナーとなり得る国の資格を文化面に求めるべきです。それは自国の文化を押し付けるのではなく、他国の文化を尊重するという姿勢です。軍事力によって自国の主張を無理に通そうとか、他国の領土を奪おうとか、民族固有の文化を破壊しようといった一部の国家のやっていることは、古代国家よりも退化しています。

天津氏:王道を求めるべきで、力任せのいわゆる覇道になってはならないということですね。

伊東氏:その通り。歴史から学んでいれば、現在のウクライナ戦争のようなことは起きなかったはずです。飛鳥時代の為政者たちは仏教国家という看板を掲げることで、隋や唐に認めてもらい、そのうち本気で仏教を信じるようになり、厩戸皇子のような天才と呼んでもいい宗教家兼為政者が生まれることで仏教が定着し、ようやく国家としてのカタチができてくるわけです。

天津氏:伊東先生は『覇王の神殿』で、独特な厩戸皇子を造形されました。蘇我馬子や推古天皇とぶつかっても信じるところを突き進む豪胆な厩戸は、従来のイメージを塗り替えてインパクトがありました。

伊東氏:聖徳太子(厩戸皇子)は実在しなかったという説もあるくらいで、歴史上さまざまに神格化や聖人化がされてきました。僕は、これまでの厩戸像は実像と差があるのではないかと思ってきました。自らの財力で斑鳩宮をつくり、推古天皇のいる飛鳥と権力を二元化させた理由がはっきりしないこともあります。「日本書紀」に斑鳩を築いた厩戸の意図は書かれていませんが、おそらく蘇我氏などの旧勢力がいる飛鳥では、自らが理想とする都が造れないと考えたのでしょうね。それに厩戸はとても艶福家です。そういった点から、厩戸は聖人ではなく、英雄の気質を持った野心家だったのではないかという仮説を立てました。むろん私利私欲からではなく、国家第一の視点を持つ不世出の偉人という評価は変わりません。

天津氏:僕も、厩戸皇子は大きな意味で欲がある人だろうと思います。その部分と聖徳太子伝説を両立させようと思い、『和らぎの国』では思慮深く聖人的な厩戸皇子と、豪胆で気概のあるパートナーの竹田皇子、というバディを造形しました。

伊東氏:ここ最近、若い起業家たちと交流する機会が増えたのですが、誰もが上場して金持ちになりたいとは考えません。少しでも世のため人のために役立ちたいという思いから起業しているんです。彼らを見ていると、理想に燃えて新しい国家像を描いていた厩戸を連想します。日本は成長しない、日本は駄目だといわれ続けていますが、株価や経済成長だけを見ればそうだとしても、起業家の若者たちと直接話し、その理想の高さや大義を理解すると、日本こそ国際社会をけん引すべき国だという確信を持ちます。僕は厩戸皇子を、こうした若い起業家になぞらえたのです。

天津佳之『和らぎの国 小説・推古天皇』(日本経済新聞出版)
 6世紀から7世紀の倭(日本)。炊屋姫(推古天皇)の生涯を、息子の竹田皇子、甥の厩戸皇子(聖徳太子)、母方の叔父の大臣・蘇我馬子との関係を中心に描く。内外の軋轢を融和させる彼女の祈りに人々は「和」を見た。
伊東潤『覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子』(潮出版社)
 日本が国として意識されていなかった時代に台頭した豪族・蘇我氏。当主の馬子は仏教を基盤に据えた「国家」造りにまい進する。政敵との死闘を制し、推古天皇と厩戸皇子との愛憎を越えて、彼がたどり着いた境地とは。
■修正履歴
掲載当初、著者名を「伊藤潤」さんとしていたお名前は、正しくは「伊東潤」さんでした。お詫びして訂正します。表記は修正済みです。[2022/04/24 22:16]
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