(写真:吉成大輔)
(写真:吉成大輔)

歴史小説は現代の映し鏡

伊東氏:歴史小説はエンターテインメントであると同時に、いかに現代の映し鏡として描けているかが問われます。現代の東アジアにおいて中国の膨張は強まるばかりです。それに対して韓国、北朝鮮、日本が、それぞれ国家としての方向性を模索しながら独立国として成り立っている。まさに古代と相似形を成しています。そうした意味でも、いま古代を書く意義があります。

天津氏:1400年前であっても外交の手練手管は現在と同じく複雑です。一時的に利益相反になることものまなければならない。外圧によって国内の権力構造も変質していきます。

伊東氏:この時代、豪族たちには、まだ国家という意識は芽生えていなかったので、為政者が豪族や民を束ねていくには、皆の認識を一致させる必要がある。つまり共同体意識を育んでいける何かが必要になってくる。蘇我氏は渡来人から話を聞くことが多かったからか、仏教を中心にした国家像を描けたんだと思います。

天津氏:仏教は、心の安寧を求めるのにわかりやすくすがれる宗教です。仏典があり、目に見える仏様があり、修行しているお坊さんがいます。支配層の豪族はもとより国民誰もが受け入れやすかったのではないでしょうか。

伊東氏:日本古来の神道に比べ、仏教は教義が緻密です。後に入ってくるキリスト教もそうですが、権力層や知識階級に定着してから下々まで敷衍(ふえん)していくという方法を取りやすかったはずです。つまり権力層や知識階級は高度な教義で取り込み、下々には現世利益や目に見えるものを提示していくという方法です。

天津氏:古代のこの時代の仏教というと、推古天皇の四代前の欽明天皇の御代に百済から日本に仏教がもたらされた「仏教公伝」、仏教導入派の蘇我氏と反対派の物部氏との「崇仏論争」、そして、丁未の乱でついに物部氏を滅ぼした蘇我氏が豪族の頂点に立ち、推古天皇と摂政の厩戸皇子と組んで権力を握るという政争とのかかわりで論じられがちです。しかし、そもそも日本には固有の文化があったはずですし、そのうえで仏教はどのように受け入れられていったのか。それについてはあまり書かれていない。『和らぎの国』ではそこをデザインしたかったのです。「和」は儒教由来だ、仏教由来だといわれますが、実は古来の日本的な哲学由来でもあると考えています。

伊東氏:「和」と仏教を混交させていくところから、国家像を造形していったわけですね。

天津氏:宮中祭祀(さいし)などを見ても、すべて仏教化されているわけではなく、日本的な哲学が混交しています。のちの時代の鎌倉仏教もそうです。日本に新しい文化が入ると次第に日本化されていくといわれますが、何がきっかけで日本化されるのかということも小説で描いてみたかった。一方で、仏教が知識階級に定着するということは、彼らが国の形をつくっていく権力者ですから、外交政策的に活用していくのは当然のなりゆきですね。

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