慶応大学教授で現代アーティストの脇田玲氏の2015年の作品「FINA(Fluid-HMI Inspired by NAture)」(記事中に動画を掲載しています)
慶応大学教授で現代アーティストの脇田玲氏の2015年の作品「FINA(Fluid-HMI Inspired by NAture)」(記事中に動画を掲載しています)

 国際情報分析を専門とするコンサルタントと現代芸術家であり大学教授による異色の対談、そこから浮かび上がる、新しい世界や文化の秩序とは?

 コロナ禍が続く今、各国の間で人的交流が減り、世界は分断された状態にある。そんな中、デロイト トーマツ コンサルティングの邉見伸弘氏は著書『チャイナ・アセアンの衝撃』の中で、2020年のコロナ禍で主要国として唯一経済成長を遂げた中国と、ASEAN各国が連携しながら巨大経済圏を築きつつあると指摘した。経済の低迷、人口減少に直面する日本は、この経済圏が生まれる状況の中、どのような力を発揮できるのか。

 一方、アーティストであり慶応義塾大学環境情報学部学部長の脇田玲教授は、世界が変化する時代において、アートが新しい局面を開きつつあり、テクノロジーの進歩がそれを後押しするという。

 邉見氏と脇田氏は慶応大学が1990年に新たな人材育成のために開いた慶応大学湘南藤沢キャンパスの同窓生。これからの時代に、ビジネスで、そしてアートという文化の領域で日本が力を発揮するために必要なことは何かを語り合った。

(聞き手は日経ビジネス編集部 山崎良兵、村上富美)

お二人は1990年代後半に大学を卒業されています。経済的には日本がバブル崩壊から続く低迷時代に当たるのですが、テクノロジーの面から見ると、急激な発展を遂げた時代でもあります。一方、そこから今日までのアジアにおける日本と中国、ASEANの関係を見ると、劇的な変化が起きています。まず、邉見さんはこの四半世紀の関係変化をどう振り返りますか?

邉見 伸弘氏(以下、邉見氏):コロナ禍の現在も社会に大きな波が押し寄せていますが、我々が大学を卒業した90年代後半はバブルの崩壊後で、長銀(日本長期信用銀行)や日債銀(日本債券信用銀行)、山一証券といった大手金融機関も破綻し、アジア通貨危機も起きました。

 私は日本輸出入銀行(現:国際協力銀行、JBIC)に入ってアジア危機後の金融支援やアジア債券市場の育成といった経済外交、世界各国への投融資に対し、日本がどのようなリスクプレミアムをとっていくべきなのか、混沌とする北東アジア情勢への対応といった業務に当たりました。これらは、そもそも前例がないことばかりでした。2001年には中国がWTOに加盟しました。当時の中国は日本からすれば経済規模も小さい国であり、現在のように世界経済が中国なくして回らない、イノベーションを生み出す国といった、驚異的な発展を予想した方はほとんどいませんでした。

 日本は繁栄の名残なのか、企業にも体力があり、間もなく不況は終わるだろうという感覚が経済界、官界にもあったと思います。しかし、それが長らく続いているうちに、中国はあれよあれよという形で成長を遂げていきました。まさかGDPで中国が12倍(名目GDPベースでは、中国GDP推移:2000年で1.2兆USD、2010年6.1兆USD、2020年15.6兆USD)になるとは本当に誰も想定していなかったと思います。

コンピューターやアートの世界に詳しい脇田さんからご覧になると、この四半世紀の変化は、いかがですか? 経済面からの見え方とは違うのでしょうか。

脇田 玲(以下、脇田氏):私が知る情報工学の研究の世界では、研究者の国籍は特別に意識しないのが普通ですが、それでも中国は圧倒的な存在感を持っています。特に、マシンラーニングやコンピューターグラフィックスなどの分野ですね。一時代を築いた研究者がどんどん中国やアセアンの企業に移っています。90年代は多くの研究者がマイクロソフトリサーチに移籍したことが注目を集めましたが、その後はATIやエヌビディアなどの企業に有能な人材が集まり、数年前から中国やアセアンに移っているという印象です。

<span class="fontBold">脇田 玲(わきた・あきら)氏</span><br>慶応義塾大学環境情報学部学部長。計算機科学者、現代芸術家。ヴィジュアライゼーションとシミュレーションを用いてこの世界を再解釈するための作品を制作している。特に近年は、流体力学や熱力学のモデルに基づく独自ソフトウェアを開発し、科学と美術を横断する映像表現に注力している。並行して、慶応義塾大学SFCやSCI-Arc Tokyo Programにて、国内外の若手のアーティスト、デザイナー、建築家の育成にも従事している。(写真=鈴木愛子)
脇田 玲(わきた・あきら)氏
慶応義塾大学環境情報学部学部長。計算機科学者、現代芸術家。ヴィジュアライゼーションとシミュレーションを用いてこの世界を再解釈するための作品を制作している。特に近年は、流体力学や熱力学のモデルに基づく独自ソフトウェアを開発し、科学と美術を横断する映像表現に注力している。並行して、慶応義塾大学SFCやSCI-Arc Tokyo Programにて、国内外の若手のアーティスト、デザイナー、建築家の育成にも従事している。(写真=鈴木愛子)
<span class="fontBold">邉見 伸弘(へんみ・のぶひろ)氏</span><br>デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員・パートナー/チーフストラテジスト。JBIC(国際協力銀行)で、国際投融資(アジア地域及びプロジェクトファイナンス)やカントリーリスク分析、アジア債券市場育成構想(ABMI)などの政策案件に従事。米国系戦略ファームやハーバード大学国際問題研究所などを経て現職。国際マクロ経済・金融知見を軸に、メガトレンド分析、中期経営計画策定支援やM&A案件を中心に、業界横断型のプロジェクトに多数従事。(写真=鈴木愛子)
邉見 伸弘(へんみ・のぶひろ)氏
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員・パートナー/チーフストラテジスト。JBIC(国際協力銀行)で、国際投融資(アジア地域及びプロジェクトファイナンス)やカントリーリスク分析、アジア債券市場育成構想(ABMI)などの政策案件に従事。米国系戦略ファームやハーバード大学国際問題研究所などを経て現職。国際マクロ経済・金融知見を軸に、メガトレンド分析、中期経営計画策定支援やM&A案件を中心に、業界横断型のプロジェクトに多数従事。(写真=鈴木愛子)

世界がコロナ禍に直面する中、中国の勢いはますます増している感があります。

邉見氏:世界的な金融緩和の動きもありますが、深圳証券取引所の動きを見ても、コロナ発生前後(19年11月末~21年3月末)で50%以上値上がりをし、数千億円、1兆円企業も続々と誕生しています。急回復をしているといわれるニューヨーク証券取引所でも同時期では30%の上昇です。中国の圧倒的な存在感を目にしているわけですが、今は、チャイナ・アセアン経済圏の時代となり、日本が「見たい現実」と「起こっている現実」に大きな差が生まれているように思います。

中国を意識したデザインが今後、世界の主流に

経済的に豊かになると、デザインやアートへの関心も高まります。世の中の様々な商品についても「あればいいな」という普及の段階からより質の高いものが求められます。今後チャイナ・アセアンが強大化していく中で、製品の商品開発やデザインはどのように変わっていくと思われますか?

脇田氏:70年前の日本を考えてみるといいと思います。敗戦でゼロからの出発でしたが、見よう見まねでいろいろなものをつくってきました。トヨタも日産もかつては海外勢から「日本人に優れたクルマがつくれるわけがない」と笑われたと言われます。今の中国がそれと同じような状態として捉えている人も多いようで、中国車が壊れるシーンを動画に上げる人もいるくらいです。しかし実際は中国の電気自動車のレベルは非常に高く、フォーミュラカーレースの電気自動車版、フォーミュラE世界選手権(FE)にもNIOなどの中国チームが参戦しています。自動運転技術も世界レベルでしょう。デザイン要素も最初は欧州車のまねからから始まっていますが、まねをしている間に独自のエッセンスが入っていきます。

 中国以外のメーカーも中国やアジアの顧客を考えてつくっていくと、感性が寄っていくでしょう。例えば、トヨタ自動車のクルマも、日本ではいかつく見えても、米国のストリートに止まっているとかっこいい。向こうの風土を意識してつくると、そうなっていくのです。

確かにトヨタのカムリやホンダのアコードは、販売計画から米国を意識して開発するようになりました。今後は中国を先に考えるようになるかもしれませんね。

脇田氏:かつて米国のトヨタIT開発センターに1年間留学していた当時、都市とクルマの関係を研究していました。当時は10年落ちのマツダのロードスターに乗っていて、とても気に入っていました。でも残念なことに、米国の街並みで見ると、ロードスターは小さくて、カッコ悪く見えてしまった。不思議なもので、米国のストリートではやはり大きいクルマがカッコよく見えました。

 これから中国を意識してつくるようになると、中国のストリートになじむクルマがスタイリッシュなものとして、認識されるんじゃないかと思っています。

 また、人は成長過程で何かをカッコいいとインプットされると、そういう基準で育ちます。日本車のデザインは、一時期はロボットアニメ「 機動戦士ガンダム 」の形状デザインが踏襲されていると言われていました。日産のGT-Rなんてまさにガンプラそのものですよね。そのようにカッコよさの感性も主要なマーケットとともに変わっていくんじゃないですかね。

FINAはドライバーの身体、特にステアリングと直結する上肢に対して情報をマッピングすることで「クルマが感じているであろう」環境情報をドライバーに直感的に伝えることを目指したHMI(人と機械のインターフェイス)。 デザイン・制作 トヨタIT開発センター + 慶應義塾大学SFC 脇田玲研究室

世界ではカタカナはカッコいい。しかし日本人が自覚していない

日本はモノづくりやデザインの力を持っていても、情報発信やアピールが弱いという声があります。脇田さんからご覧になると、奥ゆかしさを大事にしてきた日本の文化と発信力の関係はいかがですか?

脇田氏:まず日本は自分たちがいいものを持っているという自覚が足りません。例えばSIGGRAPH(シーグラフ)という、アメリカ計算機学会の一番大きい学会があるのですが、そこでは「コンピューターグラフィックス」という言葉を色々な国の言語で書いたTシャツが売られています。英語、ギリシャ語、ハングルなどが陳列されており、日本語はカタカナで「コンピューターグラフィックス」と書いてあるのですが、最も売れ行きがいいのが日本語なんです。そういう文化的パワーを持っていることに日本人が一番驚くんですね。

邉見氏:日本は、自分たちの営みを世界の中で照らしてみて、どこが共感されているのか、洗練されていると理解されている点は何なのか、自分が見せたいものではなく、他者の目で価値をクールに認知し直すことが必要ですね。

脇田氏:同感です。あとは自分たちの情報発信については勇気があったかどうかに尽きる気がします。ちゃんと自分の目で見てやろう、ちゃんとそれを伝えてやろうというのは個人の勇気に帰着する面が強いと思います。アーティスト的な視線として、才能があるかないかの以前に、そもそも勇気があったかなかったかが、これまでの20年、30年で問われているんじゃないかと。

 組織の場合は、ちょっとまた違う力学が働くんでしょうけど、個人の場合は、自分の目で見て自分の足で感じて、ちゃんと情報を自分で伝えるということが勇気だと私は思っています。

邉見さんは海外での経験も豊富で、経営フォーラムなど国際会議にも頻繁に出席されていますが、日本としての情報発信について、どうお考えですか?

邉見氏:損をしている部分も多いと思います。世界の中では、日本というのは調和が取れた秩序ある社会です。GDPが伸び悩むとはいえ、経済規模は世界第3位です。かつてのような存在感は失われつつあるとはいっても、決して小さくはない。文化力も高く、住みたい国ではトップランクに位置し、悪くない。現実思考に立ったときに胸を張っていける国だと思っています。ところが当の日本が、自分のことをうまく発信できていないところあります。

 国際情勢分析の世界では、情報が命なわけですが、単に受信をしているだけだと、洞察につながらない。発信をすることで、受信の仕方、情報の解釈、咀嚼(そしゃく)の仕方も変わってきます。とはいえ、相手あっての発信ですから、そもそも受け手の関心事に対してアンテナが張れているかどうか。その上で持っている良さを、タイミングを踏まえ、原稿棒読みではなく、自分のストーリーとして語れるか、チャレンジがあるのではないでしょうか。

日本語の壁、言語というハンディがあるともいわれますが。

邉見氏:もちろん言葉はとても重要ですが、テクノロジーが発達して同時通訳の世界が実現されたときに中身に対して自信を持てるか。今一度考えてみる価値はあると思います。

 今、世界全体では、中国については経済発展をしていて、さらに脅威論もあって、研究は散々されています。一方、世界やアジアにおける日本の価値といった点は、研究が少ないように思います。当の日本にいる人たちにとっても、世界から見た日本とか、日本が世界の中でどう位置付けられるのかなど、その視点をうまく再構築できれば、情報発信のオポチュニティーは大きいと思っています。

続きを読む 2/2 日本は欧米が作り上げたルールの中で勝負してきた。これからは?

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