栄一の「合本主義」は「ステークホルダー資本主義」と同じ

守屋:渋澤さんは海外の研究者が渋沢栄一を研究する「合本主義」プロジェクトに関わって、カナダのトロント大学と米ハーバード大学で講演もされましたね。海外の研究者が渋沢栄一に興味を持った理由を教えてください。

渋澤:社史や企業倫理などの研究者が加わり、イギリス人、アメリカ人、フランス人などいろんな方々が集いました。このプロジェクトでまとめた書籍の英語のタイトルは『Ethical Capitalism(倫理的資本主義)』であり、その出版記念セミナーをトロント大学で開催した時にも、同じ題名で集客しました。ただ、同じセミナーをハーバードでもやろうという話になった時、「Ethical Capitalism」だと人が集まらないかもしれない、という指摘があって、ハーバードでは、「Stakeholder Capitalism(ステークホルダー資本主義)」となりました。

 渋沢栄一の合本主義というのは、株主だけではなく、経営者、従業員、顧客、取引先、社会など、いろいろなステークホルダーが力を合わせることによって価値をつくることなので、確かに「ステークホルダー資本主義」は英訳として合っていると思いました。

 アメリカのビジネス・ラウンドテーブルやダボス会議では、これからは株主を第一とするのではなく、ステークホルダーを第一にすべきだと宣言しました。同じようなことを、渋沢栄一は150年前に言っていたのです。

守屋:どうしてアメリカはステークホルダー主義を言い始めたのでしょうか。

渋澤:学術的な検証ではありませんが、時代の変化だと思います。その1つが情報伝達の仕方の変化です。20世紀までは、何か出来事があった時に、メディアや専門家を通じて、情報が一方通行に流れていました。しかし、現在は誰もがデバイスを持っているので、簡単に情報を得て、発信できるようになりました。

 例えば、グレタ・トゥンベリさんのようなスウェーデンの女の子が、環境問題においては世界のオピニオンリーダーになりましたが、SNSがなかったら、私は学校に行かないと言っている普通の高校生だったと思います。

守屋:そうですよね。

渋澤:あるいは会社の従業員が不正を見つけてSNSで告発すれば、何かのきっかけで炎上するリスクがある世の中です。だから、経営者も株主だけ見ていればいいという話ではなく、従業員、顧客、取引先、そして社会の様々な問題をきちんと見なければならない。経営者はそういうリスクをマネジメントとして考えていると思います。

守屋:アメリカの企業が、本気で社会のためになることをするという方向に変わっていくのなら、日本企業も追随していくかもしれません。会社が『論語と算盤』の方向に変わるきっかけになればいいですね。

世界に伝わらなければ、やっていないのと一緒

渋澤:「日本は昔から『三方よし』でやっています」といわれます。確かにその通りなのですが、世界から見える形で「三方よし」ができているかといえば、できていない。そこは日本の弱さだと思います。

守屋:アピールが弱い、ということでしょうか。

渋澤:やっていることをきちんと伝えないと、やってないと思われてしまいます。日本はSDGsでもカーボンニュートラルでも、何も手掛けていないわけではないのに、世界に分かるような文脈で伝えていないし、そもそも議論の場に参加していません。

守屋:栄一がアメリカに何度も出かけたように、海外でアピールすべきなんですね。

渋澤:現役のアメリカ大統領4人に面会した日本の経営者は、栄一だけだと思います。

守屋:これは健さんの出番ではないでしょうか。渋沢栄一や『論語』のことがここまで分かっていて、しかも英語が普通に話せる方ってまずいないですよ。

<span class="fontBold">守屋淳(もりや・あつし)氏<br/> 中国古典研究家</span><br>1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は主に『孫子』『論語』『韓非子』『老子』『荘子』などの中国古典や、近代日本の実業家、特に渋沢栄一の知恵を現代にどのように生かすかをテーマとした、執筆や企業での研修・講演を行う。著書に、『最高の戦略教科書 孫子』『nbb 孫子・戦略・クラウゼヴィッツ』『現代語訳 論語と算盤』など多数。</a>
守屋淳(もりや・あつし)氏
中国古典研究家

1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は主に『孫子』『論語』『韓非子』『老子』『荘子』などの中国古典や、近代日本の実業家、特に渋沢栄一の知恵を現代にどのように生かすかをテーマとした、執筆や企業での研修・講演を行う。著書に、『最高の戦略教科書 孫子』『nbb 孫子・戦略・クラウゼヴィッツ』『現代語訳 論語と算盤』など多数。

渋澤:僕はどっちかというと、大きな組織の人間にはなれないと、このごろつくづく思います。僕の悪い癖で、栄一は「か」ではなくて「と」の力、『論語と算盤』のように「と」の力を持ちましょうと言っているので、その影響なのか、何でも合わせてしまうところがある。あなたはいつもこじつけすぎると妻に怒られるんだけど。

守屋:そんなことないと思います。「論語と算盤」は、もともと『論語』とそろばんが描かれていた絵を見て、今の二松学舎大学を創立した三島毅が言い出した言葉です。アナロジーの力は、新しい価値を生み出し、世界を変えていく原動力になるんだと思います。

「道徳経済合一主義」とは何か

 「実業の父」渋沢栄一に引かれ、その著書『論語と算盤』を自らの経営判断のよりどころとする経営者が増えている。13人の経営者や実業家に、渋沢が説く「道徳経済合一主義」とは何か、を聞いたインタビュー集。

 渋沢栄一の経営哲学は現代においても色あせず普遍的な知恵に満ちている。経営者だけでなく、管理職から新入社員まで幅広い実業人に読んでほしい一冊。

日本経済新聞出版 守屋淳編著・渋沢栄一記念財団監修 1980円(税込み)

「なぜ今、渋沢栄一なのか?」特設ページを公開中→リンク先はこちら

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「Books」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

『徹底予測2023』好評発売中!

 米・欧・中・日の賢人たちによる2023年の世界の予測をはじめ、日経ビジネスの専門記者による30業種の2023年の動向、2023年に知っておくべき最先端テクノロジーなど、日経ビジネス編集部が総力を挙げてお送りする『徹底予測2023』。軍事侵攻などのリスクが高まる台湾情勢の分析、マネーの達人に聞く2023年への備えなど、見逃せない話題をお届けします。