景気が悪くなると、渋沢栄一への関心が高まる。渋沢家五代目が、「遠いご先祖様」の言葉を学ぼうと思ったきっかけは? 渋沢栄一はサステナビリティーやインクルージョン(社会的包摂)の先駆者だった――。『渋沢栄一100の訓言』『渋沢栄一100の金言』(いずれも日経ビジネス人文庫)の著者で、コモンズ投信会長の渋澤健氏と、『「論語と算盤」と現代の経営』(日本経済新聞出版)の編著者で、中国古典研究家の守屋淳氏が、渋沢栄一の魅力を語る。

不景気になると渋沢栄一への注目が高まる

渋澤健氏(以下、渋澤):昨今、渋沢栄一への関心が一段と高まっています。私が守屋さんと知り合ったのは2004年ごろと記憶しています。当時、栄一は、今ほど注目されていませんでした。08年のリーマン・ショックで一度関心が高まり、11年3月の東日本大震災から12年末に第2次安倍政権が始まった頃、当時の日本経済は調子が悪かった。あの時また栄一への関心が高まり、そして一万円札の肖像決定と、今年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で一気に盛り上がり、ちょっとバブルかなって感じもします。

守屋淳氏(以下、守屋):渋澤さんの書かれた文庫はいつ出版されたんでしたっけ?

渋澤:『渋沢栄一100の訓言』(日経ビジネス人文庫)は07年、『渋沢栄一100の金言』(同)は16年。

守屋:最初の親本は講談社から出て、一度、他版元で文庫化が断られてましたよね。実は私が訳者となった『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)も10年に出ましたが、最初別の出版社から断られ、それで筑摩書房から出ることになったんです。つまりその頃は、渋沢栄一関連本が売れるとはまったく思われていなかったんですね。

渋澤:2人には先見力があったということなんでしょう(笑)。

守屋:玄孫に当たる渋澤健さんにとって、渋沢栄一の何が魅力でしょうか。

守屋淳(もりや・あつし)氏
中国古典研究家

1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は主に『孫子』『論語』『韓非子』『老子』『荘子』などの中国古典や、近代日本の実業家、特に渋沢栄一の知恵を現代にどのように生かすかをテーマとした、執筆や企業での研修・講演を行う。著書に、『最高の戦略教科書 孫子』『nbb 孫子・戦略・クラウゼヴィッツ』『現代語訳 論語と算盤』など多数。

渋澤:いつも怒っているところ。

守屋:ええ、そうですか?(笑)

渋澤:渋沢栄一の言葉っていつも何か怒っていませんか。その怒りというのは、もっといい社会、もっといい会社、もっといい経営者、もっといい市民になれるはずだということです。現状に満足せず、常に未来志向を持っている。「怒り」というのはそういう意味で、そこが栄一の魅力です。

守屋:確かに栄一は後半生、怒ったのを見たことがないと言われるような円満な人柄でしたが、その言葉って、よく読むとすごく厳しいですよね。

渋澤:僕は栄一の孫の孫として生を受けて、栄一の存在は当然本で知っていましたが、長い間「遠いご先祖様」というイメージでした。それが、ちょうど40歳になる時、会社を立ち上げたタイミングで、渋沢栄一の残した言葉に触れることができました。

 最初はまったく読めなかったんです。私は日本の小学校を中退し、その後も大学までずっとアメリカにいましたので。

 だけど2つの発見がありました。1つは、これは十分今の時代にも通じるということ、もう1つは、このままじゃだめじゃないか日本、というような、厳しい言葉が多いということです。

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