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ポケベルの登場からスマートフォンの普及まで、ITの進化で過去40年間に社会は様変わりした。麻薬密売の世界も例外ではない。「ネットの登場で麻薬捜査の現場は激変した」と語るのは、厚生労働省の麻薬取締部部長などを歴任した瀬戸晴海氏だ。2年前に退官するまで、40年近くにわたり麻薬取締官(マトリ)として密売組織と対峙した。瀬戸氏が自身の濃密な職業人生をつづった書籍が『マトリ/厚労省麻薬取締官』(新潮社)だ。そのキャリアは新たなITを次々と取り入れる密売人との戦いの歴史でもある。苦闘の変遷を聞いた。

(聞き手は本誌・吉野次郎)

麻薬取締官として採用されたのは1980年だそうですね。当時はどのような密売方法が主流だったのですか?

瀬戸:麻薬取締官として私が最初に配属されたのは大阪です。大阪では全国から日雇い労働者が集まる西成区の「あいりん地区」に密売所が集中していました。麻薬を使いたい人は密売所を訪ねて購入するか、路上の密売人から買っていました。このほかにも当時から進んだ密売組織は電話で注文を受け付けて、指定した場所で受け渡していましたね。もちろんそのころ使われていたのは固定電話です。

厚生労働省・関東信越厚生局麻薬取締部部長などを歴任した瀬戸晴海氏は多数の密売組織を壊滅してきた

ポケベルから始まった「密売革命」

IT機器の元祖といえる固定電話を使った配達型の密売が存在したんですね。80年代を通じて、ポケベルの普及が進みます。密売方法に変化はありましたか?

瀬戸:はい、密売人がポケベルを持つようになりました。電話で注文を受ける拠点から、パチンコ店などで待機している密売人にポケベルで連絡し、配達に向かわていました。また同じころに転送電話サービスが登場します。電話窓口となる密売組織の拠点は、転送電話サービスを中継して顧客からの通話を受けるようになりました。

転送電話サービスを中継すると、電話窓口になっている拠点を割り出すのが難しそうです。どうするのでしょう。

瀬戸:尾行です。普段から密売が多い場所に目星をつけて、密売人が現れたら拠点に戻るまで徹底的に尾行するわけです。

90年代になると携帯電話の本格的な普及が始まります。

瀬戸:携帯電話はやっかいです。顧客と密売人が携帯電話で直接やり取りできます。受け渡し場所に麻薬取締官が張り込んでいそうだなどと、怪しい雰囲気を感じたら、密売人は顧客に電話して場所を急きょ変更するなどといった小技を使うようになりました。