「知の巨人」と呼ばれる出口治明さんが、「教養としての地政学」を、分かりやすい言葉で説き起こすシリーズ連載。
日本が軍事同盟を結べる国について、前々回、理論上は3つしかないと指摘した。それが、アメリカ、中国、欧州連合(EU)。さらに前回、現実的に考えれば、日本の選択肢はアメリカしかないと断じた。
では、アメリカはこれからも、日本と同盟を結び続けてくれるのか。日本が置かれている「地政学的に恐ろしい現実」を直視しようと訴える。
出口さんの新刊『教養としての「地政学」入門』の刊行を記念した企画。
ところで日本にとっては、パートナーに選ぶべき相手国は事実上アメリカしか存在しないのですが、アメリカにとってはどうでしょうか。
実はアメリカは、国土も広く石油の生産高も世界一で人口も増加しており、「アメリカ・ファースト」で十分生きていける、とても幸運な国なのです。さらに同盟候補国もたくさんあります。ひょっとすると、中国でさえ、その可能性があるのです。
米中関係は、最近悪化の一途を辿っています。しかし、両国が親密な関係になっても不思議ではない理由がいくつかあります。
出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年、三重県生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画を設立し、代表取締役社長に就任。08年4月、生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険に社名を変更。12年に上場。社長、会長を10年務めた後、18年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。主な著書に『生命保険入門新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」Ⅰ・Ⅱ』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする本物の教養』『自分の 頭で考える日本の論点』(以上、幻冬舎新書)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)『人類5000年史Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義(古代篇、中世篇、戦国・江戸篇)』『世界史の10人』(以上、文藝春秋)などがある。
そのひとつは中国からアメリカに学びに行く留学生の人数です。
統計によると、日本からアメリカに学びに行っている留学生の数は、一九九五年には五万人を超えていました。そのとき、中国からアメリカに行っていた留学生は四万人程度でした。
現在、その数字がどうなっているか。日本からアメリカへの留学生は、二万人以下に激減しています。対して中国からの留学生は三十七万人を超えて激増しているのです。
学生時代は人生の中で、いちばん友人が得られる時代です。皆さんもそうではなかったでしょうか。
このような中国からアメリカへの留学生の数字を見ると、いつかアメリカが中国を同盟相手に選ぶ可能性もゼロではないと思うのです。なるほど、今の両国関係はとても悪い。しかし、三十七万人の留学生が中国で活躍する時代になると、両国の要人の間に相互理解し合う人脈が築かれても決して不思議ではありません。
アメリカは日本に相談などしない
もしもアメリカが中国をパートナーに選んだら、これは世界の一位と二位の最強コンビになります。G2の時代です。
日本としては、「そんなことはあり得ない」と考えたいところです。
しかし「ニクソン訪中」という前例がアメリカにはあります。ニクソン大統領が一九七二年二月、突然に中国を訪問して毛沢東や周恩来と会談したのです。そして両国の国交正常化が実現しましたが、このときはアメリカの同盟国である日本には、まったく相談も連絡もないままでした。
さらに言及すると、その前年一九七一年に大統領補佐官のキッシンジャーが中国を訪れ、周恩来と会談しました。その結果、アメリカは中国の国連加盟を承認するのですが、この行動も日本にはまったく連絡されませんでした。そのために日本は、最後まで中国の国連加盟に反対していました。
アメリカの選択肢は、日本だけではない
日本にとってのパートナーは、どうやらアメリカ一人という状況の中で、アメリカのパートナーは決して日本一人ではないのです。そういう恐ろしい現実があることを、きちんと考えて生きていくしかないのが、日本が置かれた状況です。言い換えれば、それが日本の地政学的な現実なのです。
人間はみんな平等です。お互いに五分と五分ですから、同じように主張し合うことが可能です。
国と国との関係も、お互いの存在を認め合う人道的な視点に立てば平等です。世界最古の共和国で最小国家のひとつであるイタリア半島のサン・マリノ共和国の執政も、アメリカの大統領も、国家を代表する人物である点では対等の権利を持っています。
しかし、例えば売上高五兆円の企業と二百億円の企業が業務提携するときに、実質的に「対等」な関係に立てるでしょうか。
現実問題として二百億円の売上高は、五兆円を売り上げる企業の部長もしくは課長クラスの業績と同じレベルかもしれません。もちろんそうであっても、小さい企業の社長も対等な気概を持っているでしょう。契約書にも経営の独立性を守ることが明文化されていることでしょう。しかし現実のビジネスの場合を考えれば、大企業の社長と小企業の社長が対等に交渉することは不可能です。そして小企業の社長も、その現実を正面から受け止めた上で、業務提携交渉を行っているのが一般的だと思います。
そして外交も、このような企業間の業務提携と同じ原則に立っていると考えるべきだと思うのです。
国家の主権は対等であっても、現実の外交交渉の席上では、経済力や軍事力、そして資源の有無が、国家の行動範囲や発言内容を規定していきます。そのことをリアルに認識することが不可欠です。
アメリカは国土も広く人口が増加しており、石油の産出高も世界一で、しかも世界最強の軍事力を持っている国です。そのアメリカに軍事力で守ってもらいつつ、同盟を結んでいるのが日本です。
「そのようなアメリカと日本の関係において、対等な外交が本当に可能なのか?」
地政学的な発想では、そのように考えます。
「アメリカの大統領も日本の首相も対等だ。誇りを持って外交しろ」とか、「ポチのように尾を振ってアメリカに行くな」とか、そう言いたくなるのは人情です。
しかし、フランスの作家ロマン・ロラン(1866―1944)が、次のような趣旨の言葉を残しています。
「人間の真の勇気はたったひとつである。現実を直視して、それを受け入れる勇気である」
自国の手持ちカードを見て、相手のカードを考える。アメリカや中国は、ジョーカーを三枚ぐらい持っていそうだ。こちらには一枚もジョーカーがない。でも仕方がない。それが日本の手持ちカードなのだから。だとしたら、そのカードでどういうゲームがやれそうか、それを必死に考えよ……。
ひとつの国が持っている地理的な条件、置かれている地球上の位置、その領域内にある資源――以上のような諸要素が国の行動を制約する。だからそのことをリアリズムで認識し、国家戦略をきちんと考えよ。
この当たり前のことを、改めて教えてくれるのが地政学的な発想です。
地政学=地理学+政治学
現実を理解しなければ商売はできない。外交も現実を直視する勇気がなければ、成功することはありません。
アメリカと日本の関係でいえば、日本にとっておそらく唯一の可能性がある同盟の選択肢がアメリカです。しかしアメリカにとっての選択肢は一つではないという現実を、日本が直視する勇気を持つこと。そのことを求められているのです。
そのために何を考え、何をなすべきか。そこを熟慮せよ、というのが地政学的に見た日本の課題なのではないか、と僕は思います。
地政学は「地理プラス政治学」の造語であることを忘れないでください。
世界の今の見え方が変わる!
これまでに読んだ本は1万冊以上、訪れた世界の都市は1200以上。「現代の知の巨人」と呼ばれる出口治明さんが、「教養としての地政学」を、分かりやすく楽しく説き明かします。
地政学とは何か――?
ナチスも利用した「悪魔の学問」ではない。
ビジネスにも不可欠な「弱者の生きのびる知恵」である。
◎出口治明が語り下ろす、目からウロコのエッセンス。
≫地政学はなぜ必要か?
平たくいえば「国は引っ越しできない」から。
≫「陸は閉じ、水は開く」
―シュメール人のことわざに地政学の萌芽があった。
≫「どうすれば、サンドイッチの具にならずに済むか、という問題」をめぐって、
世界史の権謀術数は繰り広げられてきた。
≫海上の覇権争奪戦に関係するシーレーン(海上交通路)において、
「鍵をにぎるのが半島や海峡」である。
≫「人間の真の勇気はたったひとつである。現実を直視して、それを受け入れる勇気である」
―ロマン・ロランの名言から、日本の今を紐解く。
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