ドラッカーとイノベーションが起きる7つの機会
『事件簿1』が世の中に出てから12年が経過し、組織や経営体制が進化してきたにもかかわらず、星野リゾート内には、相変わらず事件が日常的に起こっている。
「なぜ事件がなくならないのか」「多くの事件が日々発生することは問題ではないのか」と思う人がいるかもしれない。しかし、リゾートや温泉旅館で発生しているさまざまな事象に、現場チームが果敢にチャレンジすれば、当然いろいろな事件は起こるのであり、事件を起こさない経営をしようとは思っていない。おそらくどんな会社でも、最前線の現場ではさまざまな事件は起こっているはずだ。起きている事件を組織の成長のチャンスとしてとらえることが重要だ。
米国の経営学者、ピーター・ドラッカーは著書『イノベーションと企業家精神』において、イノベーションが起きる7つの機会について記している。
7つのうち1番目が「予期せぬ成功と失敗を利用する」ことだ。星野リゾートで起こっている事件とは「予期せぬ失敗」であり、つまりそれはイノベーションにつながる可能性のある機会といえる。
星野氏は事件を組織の中でイノベーションの機会ととらえる(写真:栗原克己)実際、事件に向き合う社員のチームがたどりついた解決策が星野リゾート全体で採用されたケースは多々存在し、それがサービスの差異化につながっている。つまり継続的に発生する事件は、現場チームに大胆な発想と行動を強制的に促し、それが星野リゾートの組織にとって重要なイノベーションにつながってきたのである。こうした経験を経て、私にとって「予期せぬ失敗」が7つのなかで一番好きなチャンスとなった。
事件を組織の中でイノベーションの機会ととらえ、組織の成長と進化につなげていくための前提条件がフラットな組織文化だ。
星野リゾートの接客現場では、小さな事件は毎日無数に起き、直面しているスタッフが知恵を絞り悪戦苦闘している。事件が起きるのはサービスの最前線なので、違った内容が起きることも多々あるが、似たような事象は沢山起きているはずだ。いずれにしても、それらを可能な限り共有することは、以下の2つの理由で重要であると考える。
(1)似た事象の解決策を共有することで、会社全体の基準として育ち、それが組織を強くする。
(2)特異な事象であっても共有することで、そのときにチームが何を発想してどう行動し、どんな結果が得られたのか、という経験を伝える。これによって、組織が効果的なプロセスについて学習する。
つまり、これは事件と向き合った一人ひとりのスタッフの経験を、会社のナレッジとして蓄積していくということでもある。そしてそのなかにダイヤモンドの原石のような大きなイノベーションの機会が隠れていると考えている。
大事なのは、事件とは避けようとすべきことでなく、活用すべき体験である、ということだ。そのためには、事件が起きた原因を個人の評価につなげようとする仕組みや組織文化はマイナスになる。そういう文化のなかでは、我々は事件を起こさないようにするし、万一起きたときにも表面化させないようにするだろう。それではダイヤモンドの原石を見つけることはできない。
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