日経ナショナル ジオグラフィックが2022年12月に刊行した『THE CARBON ALMANAC 気候変動パーフェクト・ガイド』の日本語版を監修した平田仁子(きみこ)さんは、日本の環境系NGO(非政府組織)のパイオニアとして、1990年代後半から活動してきた。気候変動対策の現状と課題について、ニューヨーク在住ライター佐久間裕美子さんが聞く連載全3回。気候変動のこれまでにない厳しい状況が明らかになる中、各国は依然として化石燃料に依存し、抜本的な対策は進んでいない。第2回は、個人や市民社会、企業にできる気候変動対策を聞いた。(インタビュー・文=佐久間裕美子/写真=疋田千里)

第1回・世界と日本、気候変動対策の歩み
第2回・気候変動対策、企業ができること(今回)
第3回・気候変動対策、遅すぎることは決してない
自身も気候変動のアクティビストである佐久間さん(左)は、「運動に関わるようになってから人生が楽しくなった」と言う。「楽しくなければ広がらない」と平田さん(右)。 ©Chisato Hikita
自身も気候変動のアクティビストである佐久間さん(左)は、「運動に関わるようになってから人生が楽しくなった」と言う。「楽しくなければ広がらない」と平田さん(右)。 ©Chisato Hikita

佐久間裕美子(以下、佐久間): これだけ夏が厳しくなり、災害も増えているのに、テレビなどでは「気候変動」という言葉がなかなか使われないなど、周知が進まない現実があります。

平田仁子(以下、平田): 二酸化炭素排出をもたらす経済やインフラなどの構造的な問題があるから地球の気温が上がっているのに、「命を守りましょう」と言いながら、熱中症対策の責任を個人に持たせるような状況が続いてしまっています。

 個人では解決できないということをどうしたら理解してもらえるのか、ずっと答えを探してきました。世論に働きかけるためにキャンペーンを張ったり、政党に働きかけたり、次はこれをやってみよう、ダメならこれを、となんでもやってきました。自分自身がもっと学ばないとという気持ちから、43歳で博士課程に挑戦して学び直したりもしました。こうした行ったり来たりを繰り返しながら、今でもまだ、構造を変える力にできていない、変えられていないとも感じています。

 最近では気候ネットワークを卒業し、Climate Integrateという新しい組織をシンクタンクとして立ち上げて、調査分析、エンゲージメント、コミュニケーションといった統合的なアプローチを使い、市民、政府、企業の対策を支援する取り組みを行い始めました。

(P252-253)ESGデータは企業の炭素排出削減の有効性を確かめるために利用され、その品質は投資家の懸念事項のトップに挙げられる。
(P252-253)ESGデータは企業の炭素排出削減の有効性を確かめるために利用され、その品質は投資家の懸念事項のトップに挙げられる。

 欧米のNGOは多様で、一口に気候変動といっても、それぞれが専門性を持って特化したアプローチや様々なイシューに取り組んでいるという多面性がありますが、日本のNGOはまだまだ数が少なく、一部のNGOがすべてをやらなければいけない状況があります。Climate Integrateはその新しい組織体として、また違う役割を果たせたら、と思っています。

佐久間: 日本でNGOや市民運動が加速しない原因はどういうところにあるのでしょう?

平田: 一つは学校教育の問題があると思っています。子供たちは様々な社会問題について教えられていないので、関心を持つ入り口がありません。自分たちには力があり、社会を変えることができるということも知らないまま社会に出ていきます。

 欧米の気候変動運動を見ると、市民に力がある。日本ではまだまだ市民の声を力にできていないし、だから変えることができていないのだと思っています。

佐久間: 2021年には、東日本大震災によって福島第一原発事故が起きたあとに日本が推し進めてきた、石炭火力発電の新規建設の事業を止めるための運動が評価され、環境のノーベル賞と言われるゴールドマン賞を受賞されました。ご本人としてはどう感じていますか?

平田: 石炭火力発電を止めようというキャンペーンは、私一人でやったことではないし、地域団体や住民を含むみんなで活動したことなので、私が受賞することには複雑な思いもありましたが、日本では力がないと思われている市民社会とその活動に光が当たったという点ではありがたいし、良かったと思っています。

 実際のキャンペーンについては、自分たちが計画したとおりうまくいったケースではそれなりの手応えを感じたし、声は届くのだと勇気づけられる体験になりました。一方で、50基あった発電所のうち、自然消滅を含めて20基は停止しましたが、30基の計画は進み、その多くが完成して稼働していることを考えると、決して良い状況とは言えないんです。

2021年にゴールドマン賞を受賞し、2022年には英BBC「100人の女性」に選出された平田仁子さん。 ©Chisato Hikita
2021年にゴールドマン賞を受賞し、2022年には英BBC「100人の女性」に選出された平田仁子さん。 ©Chisato Hikita

 また別のケースでは、日本の金融機関が海外で資源採掘や石炭火力に投資していることを問題にし、みずほフィナンシャルグループに対して、金融機関として責任ある投融資に転換することを求める株主提案を行いました。提案をするには株主にならないといけないため、3万株を購入しました。数百万円に及ぶ株の購入は、私たちにとっては小さな金額ではなく、大きな決定でした。私たちの提案は3分の2に至らず否決されましたが、海外の株主たちを含む約3割の株主が賛成してくれ、結果的に予想以上の大きな声に変えることができたので、みずほの転換にもつながりました。

 企業は気候変動対策に大きな力を発揮することができるし、NGOがそれを後押しする力もあるんだということを示せた事例になりました。

(P254-255)化石燃料に対する銀行の支援が膨らみ続けるなか、それを抑制する民間金融機関も増えている。個人預金者でも、ダイベストメント(金融資産の引き揚げ)などで銀行の投資のあり方に影響をもたらすことができる。
(P254-255)化石燃料に対する銀行の支援が膨らみ続けるなか、それを抑制する民間金融機関も増えている。個人預金者でも、ダイベストメント(金融資産の引き揚げ)などで銀行の投資のあり方に影響をもたらすことができる。

 多角的なアプローチが求められる中、まだまだ試されていない手法があるということでもあると思っています。『THE CARBON ALMANAC 気候変動パーフェクト・ガイド』には、私たちにできるアクションだけでなく、具体的な企業の対策の内容やランキングなどが掲載されていて、参考になる部分が多くありました。

佐久間: 次回は、日本の気候変動対策の未来について伺います。

平田仁子(ひらた きみこ)
Climate Integrate代表理事。2011年の福島第一原子力発電所事故の後に石炭火力発電所の建設計画の多くを中止に導いたことや、金融機関に対する株主提案などが評価され、2021年ゴールドマン環境賞を日本人女性で初めて受賞。2022年にClimate Integrateを設立し、各ステークホルダーの脱炭素への動きを支援している。著書に『気候変動と政治 -気候政策統合の到達点と課題』(成文堂、2021)。千葉商科大学大学院客員准教授。

佐久間裕美子(さくま ゆみこ)
文筆家。1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家、作家、デザイナー、アーティストなど、幅広いジャンルにわたる著名人へのインタビューが高く評価されている。著書に『Weの市民革命』(朝日出版社、2020)、『真面目にマリファナの話をしよう』(文芸春秋、2019)他、翻訳書に『テロリストの息子』(TED Books/朝日出版社、2015)他。慶応義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。

[ナショナル ジオグラフィック日本版サイト2023年2月24日掲載]情報は掲載時点のものです。

『THE CARBON ALMANAC (カーボン・アルマナック) 気候変動パーフェクト・ガイド』

世界40カ国300人以上が作り上げた資料集。手遅れになる前に、持続可能(サステナブル)な地球を取り戻そう。 個人/社会/企業/政治に関わるすべての人に向けた、気候変動問題に立ち向かうための、待望のコンプリート・ガイド。(定価2970円、税込)

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