日経ビジネス電子版の人気連載に大幅加筆、編集した『データから真実を読み解くスキル』を著した、松本健太郎さん。
本業はデーサイエンティスト。といっても、文系出身で、営業職に挫折してプログラマーに転身した後、大学院で学び直して、データサイエンスの世界に入った。
幼少期にDV(ドメスティック・バイオレンス)と貧困を経験し、「貧しさから抜け出すには勉強するしかない」と、母に言われて育った。そんな実体験が「エンゲル係数」や「貧困率」のデータ分析に、どうつながっているのか。
(聞き手は日経ビジネス)
実は、松本さんの連載「データから“真実”を読み解くスキル」を読んでいて、突っ込んでいい話なのかどうかとためらいながらも、尋ねたいことがあります。
松本:どうぞ、どうぞ。今日は何でも聞いて下さい。
連載でエンゲル係数について取り上げた「不思議な動きをするエンゲル係数 今後も生活水準の指標たり得るか」に、このような記述がありました。
家計調査によると、2018年1月~19年11月にかけての「ひとり親と未婚の子ども」世帯の世帯人員は平均2.38人、飲食費は平均5.5万円でした。1人当たり2万3000円、つまり1日770円程度しか飲食費をかけていない計算です。
生活が苦しいのに、なぜ食費をもっとかけないのか。
私は幼少期から母子家庭で育ち、一時は母子生活支援施設で生活したので、よく分かります。
自分自身に実体験があるから、貧困家庭の食生活がどういうものかがよく分かる、という文脈でした。こうした体験が、松本さんの今につながっているところはあるのでしょうか。
松本:今につながっているかというと、どうですかね。つながっていると答えてしまうと、「出来過ぎた物語」になってしまうように感じます。
松本健太郎(まつもと・けんたろう)
1984年生まれ。龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で“学び直し”。その後、株式会社デコムなどでデジタルマーケティング、消費者インサイト等の業務に携わり、現在は「テクノロジーで『今起きていること』を明らかにする報道機関」を目指す報道ベンチャー、株式会社JX通信社にてマーケティング全般を担当している。政治、経済、文化など様々なデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とし、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌にも登場している。著書に『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』『誤解だらけの人工知能』(光文社新書)など。(写真:栗原克己)
松本:自分が小学校1年生のときに、両親が離婚しました。父親のDV(ドメスティック・バイオレンス)が理由でした。バブル期の頃でしたが、今とは違ってDVなんて「女が耐えとけ」みたいな感じでした。
振り返ってみれば、1990年のことでしたから、DVという概念すらなかったですよね。そんな言葉もない時代に、母はDVに耐えるのをやめて離婚したわけです。離婚すると、すぐに母子生活支援施設に入り、数年ほど寮で暮らしました。
父母の離婚にほっとする
幼心にショックだったのではないですか。
松本:いやあ、そんなことはなかったですよ。暴力を振るう対象が、母や僕でしたから。だから、離婚したときは、これでやっと……みたい感覚だったのは、覚えていますね。
ただ、寮での食事は、エンゲル係数の記事に書いた通りで、昼飯は学校給食だからいいものの、朝飯はスーパーの半額シールの付いた総菜やパン。夕飯がカップラーメンだけという日も結構ありました。野菜や肉を買ってきて調理すれば、栄養バランスもいいのでしょうが、母は仕事が忙しくて調理もままなりませんでした。
でも、現代社会においては、加工食品がすごく安い。加工食品でやりくりすれば、1日数百円の食費でしのぐことは可能なんです。実際、僕がそうでしたから。
だから、貧しい世帯のエンゲル係数が高いとはかぎらない、と断言できたわけですね。
松本:エンゲル係数に話を戻せば、2014~16年にかけて、日本のエンゲル係数が急に上がって話題になりました。エンゲル係数とは、家計支出に占める食費の割合で、この数値が高い世帯ほど一般に貧しいとされます。そんなエンゲル係数が日本全体で上がったという“事件”を、凋落(ちょうらく)する日本経済の象徴として捉えることも可能です。
しかし、そのように見るのは間違えていると、松本さんは指摘したわけです。
松本:現代社会で貧困に陥ったとき、食費は最も削りやすい支出の一つです。逆に削りにくいのは、スマホの通信料金であったりします。つまり、エンゲル係数が高ければ貧しい、というロジックがもはや成り立ちません。エンゲル係数の上がった下がったで貧困は測れないと僕は思っています。
この事実は、僕の肌感覚だけでなく、既存のデータを分析することでも見えてくる、というのが先程の記事のテーマの一つでした。
さらに言えば、その分析の過程で、エンゲル係数の基となる統計のとり方に「もやもや」するところが見えてきました。
エンゲル係数は人為的に「下げられた」?
家計調査の母集団に占める「勤労者世帯」の割合が、18年以降、増えているという指摘ですね。それに対して、「無職世帯」や「その他の世帯」の割合が減っています。勤労者世帯と比べて、無職世帯やその他の世帯のほうが貧困に陥りやすいとすれば、母集団から貧困層が減っていることになります。
松本:その影響を受けてか、家計調査を見ると、18年以降、エンゲル係数は再び下落傾向に転じているようです。しかし、それが本当に日本の実態を示しているのでしょうか。
つまり、母集団に占める勤労世帯の割合を増やしたことで、ある意味、人為的にエンゲル係数が引き下げられた可能性はないのか、と。
松本:こうした分析は、「喧伝(けんでん)された事実に隠されたもう一つの"事実"を見つけ出す」ことにつながっています。連載を書籍にまとめるにあたって、特に強調したかったテーマです。
貧しくても、中学受験
格差について松本さんは、「G7で2番目に高い日本の相対的貧困率。そこで何が起きている?」にも書いていますね。貧困層は富裕層に比べて学歴が低く、自らの意思に反して大学に進学できなかったり、学ぶ環境に恵まれなかったりすることが、データから推測できるということでした。
幼い頃は貧しかった松本さんも、家計の問題から進路が制約される経験をされたのでしょうか。
松本:いや、実は僕、中学受験組なんです。中学受験して、中高一貫校に進学しました。なぜかというと、生活が苦しいながらも、うちの母親が「貧困から抜け出すには学問しかない。勉強しろ」と言ってくれたからです。
相対的貧困率の記事では、家庭の経済的、家庭的環境が子どもの教育に悪影響を及ぼす傾向にあるという「悪循環」に触れました。
しかし、母親の方針があって、僕は、結果的に中高一貫校に進学し、大学にも行けました。統計からすれば稀有(けう)なことで、僕は、母親のおかげで、偶然にも運良く「悪循環」にはまらずに済んだわけです。
自分がそういう「レール」に乗れたのは、運が良かったとしか言えないし、母の存在はありがたかったと思います。
母は「ナニワのメリル・ストリープ」
「貧困から抜け出すには、学問しかない」とおっしゃったお母さんは、どんな方なのですか。
松本:もともとは専業主婦だったのですが、離婚してから働きに出て、60歳を超えた今もハイヒールを履いて「ナニワのメリル・ストリープや!」なんて息巻きながら、大阪で元気に働いています。
母は独立心が旺盛なんですよ。離婚してから、CAD(コンピューターによる設計)の勉強をイチから始めて、仕事にしました。母方の家系は祖父をはじめ技術者が多いので、手にスキルを付けようという感覚が強かったのでしょう。
僕にも、「会社に依存しないでどこでも食べていけるだけの技術を身に付けなさい」とよく言っていました。僕が、最初に勤めた会社で、営業からプログラマーに転身するのに抵抗を感じずに済んだのは、母の影響があったと思います(転身の詳細は、こちらの記事に)。
そういえば、母には「どうせ大学に行くなら、東大を目指しなさい」と、言われていたのですよね……。
「東大卒のフリーター」でもいい
松本:母は「勉強するのは、選択肢を増やすためだ」と教えてくれました。将来、自分が何を望むようになるかは分からない。医者になりたくなるかもしれないし、政治家になりたくなるかもしれない。そのときに、何にでもなれる大学がいい。東大だったら、医者にもなれるし、一切のしがらみを断ち切ってフリーターにもなれる、と。
親に「東大を目指せ」なんて言われたら、プレッシャーじゃないですか?
松本:いや、それが僕は全然、気にしていなくて。鈍感なタイプなのでしょう。
過去は必ず、未来に復讐してくる
松本:10代の頃の僕は、東大に行けるほどの成績ではなかったですし、成績を良くするための努力すらしていませんでした。
そんな僕を、母親は「個人の人生だからご自由に」と言って眺めていましたが、たまに、こんな話をしていました。
「どういう人生を選ぶかは、あなたが決めればいい。ただし、過去は必ず、未来に復讐(ふくしゅう)してくる。だから、後悔をしない選択をしなさい」
10代の僕にはまったく意味が分からなかったのですが、さすがに36歳になると分かります。ホント、おっしゃる通りです。
だから、この年齢になって今までで一番勉強しています。今年は今までで一番、勉強する年にするつもりですし、来年も、今までで一番勉強する年になるでしょう。どれだけ勉強しても、分からないことばかりです。
後悔しない選択をする
母の教えは、今も頭に残っています。どこでも食べていけるだけの技術を身に付けて、後悔しない選択をする。
だからといって、10代の頃の自分を後悔しているわけでもないんです。
松本さんは、龍谷大学法学部政治学科に進学後、名物教授であった松谷徳八准教授(当時)が主宰する「みどり勉強会」に参加。この勉強会でOBとして行ったプレゼンテーションを基に、最初の著書『大学生のためのドラッカー』シリーズ(リーダーズノート)を出版しました。27歳のときですね。
松本: それが一つのきっかけになって、36歳の今日までに、様々なジャンルで15冊の本を出してきました。僕が幼少期に一番なりたかった職業は「作家」です。結果として夢がかなったわけで、人生、何が起こるか分からないですね。
ありがとうございました。これからのご活躍も楽しみにしています。
データ分析とはアートであり、
すべてのビジネスパーソンに必要な
能力です。
データ分析のお作法を学ぶ。
それが、この本の目的です。
……まことしやかな数字が、実際の所、どれほど当てになるものなのか。たまねぎの皮を1枚ずつ剥くようにして、喧伝(けんでん)された事実に隠されたもう一つの “事実” を見つけ出すにはどうしたらよいのか。そのためのスキルを学べます。
著者は、ITベンチャー勤務のマーケターにして、データサイエンティスト。データ分析のプロジェクトで数多くの失敗も味わいながら「生傷で得た教訓」を糧に著しました。
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